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季節(いま)の歌

紅葉(もみじ)〜日本の着物に喩えられた美しい詩は、碓氷峠にあった小さな駅から見える風景だった

2017.10.29

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文部省唱歌作家で“名コンビ”とされている高野辰之(作詞家)と岡野貞一(作曲家)。
「故郷(ふるさと)」、「春が来た」、「朧月夜(おぼろづきよ)」など、彼らの名前を知らなくても、日本人ならば誰もが耳にしたことがある名曲たち。
今回ご紹介する秋の歌「紅葉(もみじ)」も、彼らが手掛けた作品だ。
一説では、この歌に関しては「岡野貞一の作曲でないかもしれない」という説もある。

1911年(明治44年)に文部省が編纂した教科書『尋常小学唱歌(第二学年)』で発表されたこの歌には舞台となった場所があるという。
作詞者の高野は、信越本線の熊ノ平駅(現在は廃線)で目にした美しい風景に惹かれてこの詞を綴ったと言われている。
その駅は群馬県と長野県の境にある碓氷峠(横川駅〜軽井沢駅の間)にあった。
鉄道マニアにとっては有名な廃止駅だ。
隣りの横川駅の名物“峠の釜飯”は人気駅弁として広く知られている。
舞台となった熊ノ平駅周辺に広がる風景は、長野県出身の高野にとって東京から故郷へと向かう途中に必ず目にするものだったという。
高野は1909年(明治42年)に文部省の唱歌編集委員となり、33歳から作詞を始める。
作詞の他に、浄瑠璃や日本歌謡史の研究が認められ東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)の教授となり、東京と長野の往復が頻繁にあったという。
「紅葉」は、高野が東京で仕事を終えて長野に帰る途中に綴ったものだとされている。


この歌は「すそ模様」「織るにしき」という結びの言葉で、秋に染まりゆく紅葉(もみじ)を、日本の着物に喩えているという。
「すそ模様」とは和服の模様づけの一つで、裾(すそ)に置かれている模様のこと。
外出着だったり、よそいきの着物には季節ごとの美しい模様が裾(すそ)に描かれている。
「錦(にしき)織」とは金糸や銀糸などの色糸で編まれた絹の織り物・反物のこと。
赤や黄色の色とりどりの紅葉(もみじ)の落ち葉が、小川の波にゆらゆら揺られながら浮かんでいる様子を「まるで錦(にしき)の織り物のようだ」と、言っているのだ。
対比や比喩により色鮮やかな情景を効果的に描写している、実に日本的で美しい詩の世界観である。


──この「紅葉」を含む文部省唱歌は編纂委員の合議制で作られたため、当時は具体的な作者名が掲載されていなかった。
戦後になり教科書が国定から検定に変更されると、著作権の問題から作者を明らかにする調査が進められ、「紅葉」はこの2人による作詞作曲と記されるようになった。
熊ノ平駅のことなど、作詞に関連するエピソードが残っている高野に対して、作曲をしたと言われている岡野は具体的な作曲記録が残っておらず、彼の家族すら何も聞かされていなかったという。
教科書編纂委員や(高野と同じく)東京音楽学校の教授を務めた後も、終生、東京・文京区の本郷教会で毎週オルガンを弾き続けていた岡野。
寡黙なクリスチャンだった彼は、作曲にまつわる発言や記述を残していないため、現在でもこの「紅葉」の作曲者としては“推定”とされている。

<引用元・参考文献『唱歌・童謡120の真実』竹内貴久雄(著)/ヤマハミュージックメディア>

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