季節(いま)の歌

Autumn In New York(ニューヨークの秋)〜天才作曲家ガーシュウィンの愛弟子が書いた秋の名曲

2017.11.05

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ジャズのスタンダードナンバーとして人気の高いこの名曲「Autumn In New York(ニューヨークの秋)」は、作曲家ヴァーノン・デュークが作詞も手掛けた作品で1934年に書き下ろされたもの。
同年に公開されたミュージカル『Thumbs Up!』の劇中歌として使用されたのが初出だと言われている。
時を経て…13年後にフランク・シナトラがヒットさせたのをきっかけに、50年代以降、多くのジャズ・ポピュラー歌手が取り上げるようになった。


ニューヨークの秋
なぜこんなにも心惹かれるのだろう
初日の舞台を迎えるような 胸の高鳴りをおぼえる
ニューヨークの秋

並び建つ摩天楼の谷間に漂う
華やかな人々の群れと 揺らめき光る雲
それらは私を迎えいれ 心からの安らぎを与えてくれる


天才作曲家ジョージ・ガーシュウィンの愛弟子としても知られている作者のヴァーノン・デュークとは一体どんな男だったのだろう?
1903年、ロシアで生まれた彼の本名はヴラジーミル・アレクサンドロヴィチ・ドゥケーリスキーという。
家系はグルジア系、オーストリア系、スペイン系の血を引いており、祖母がロシア帝国の貴族で、御曹司として生まれた彼は幼い頃からキエフ音楽院でクラシックを学ぶ。
同級生には、あの“鍵盤の魔術師”ヴラジーミル・ホロウィッツがいたという。
混沌とした時代の中、ロシア革命を逃れ、イスタンブール避難し、そこで詩人として活動を始める。
1921年にはアメリカに亡命する。
以降、祖国を追われた彼はロンドン、パリ、NYを股にかけた“国際人”となり、芸術やファッションの先端を行くセレブたちと親交を深める。
彼を取り巻く交遊関係の中には、ピカソやジャン・コクトー、ココ・シャネルなどもいたという。
1929年、26歳の時にガーシュインにその才能を見出された彼は“ヴァーノン・デューク”と名乗るようになり、ブロードウェイミュージカルの曲を手掛けるようになる。
平行して、クラシック界では本名を英語読みにした“ウラディミール・デュケルスキー”として活躍し、パリで大ブームを巻き起こしたディアギレフのロシアバレエ団のために作曲をしたりもしている。
この「Autumn In New York(ニューヨークの秋)」は、彼がコネチカットで休暇を過ごしていたときに書いたといわれている。



新しい出会いの予感に震える
ニューヨークの秋
時には苦しみと背中合わせの
ニューヨークの秋

成功を夢見る人たちが憧れる
エキゾチックな土地
それがニューヨークの秋
さぁ素晴らしい季節を楽しもう





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