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「オズの魔法使い」のカカシに扮したジャクソン・ブラウン

2015.01.06

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100年以上前に書かれたアメリカの童話、「オズの魔法使い」。

オズの国へと迷いこんだ少女、ドロシーが元の世界へと帰るためにカカシ、ブリキの木こり、ライオンとともに旅をするこの物語は、ミュージカルや映画をはじめとして様々なメディアに展開され、今なお世界中の子どもたちに愛されている 。

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その「オズの魔法使い」を題材にしたチャリティー・コンサートがニューヨークのリンカーン・センターで催されたのは1995年の11月のことだった。
主人公のドロシーはデビュー・アルバム『Pieces of You』が大ヒットとなった21歳の新人シンガー・ソングライターのジュエルが、ブリキの木こりにはザ・フーのロジャー・ダルトリーが扮した。
そしてカカシ役に選ばれたのがジャクソン・ブラウンだった。

1972年にアルバム・デビューを果たしたシンガー・ソングライター、ジャクソン・ブラウンは類まれなソングライティングのセンスと、実体験に基づいたパーソナルな内容の詩が同世代を中心として多くの人たちの共感を呼び、次々とアルバムをヒットさせてきた。

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しかし、1986年にリリースした8枚目のアルバム『Live In The Balance』でジャクソンは大きく方向転換する。
それまでのパーソナルな歌は数曲にとどまり、アルバムの半分以上がアメリカ政府への非難をテーマとしたものだった。

「内面的な事柄についてそんなに話したいと思わなくなった。年をとってきたせいで、世の中のことにいっそう関心が向くようになったんだ」


ジャクソンはアメリカが抱える様々な問題を伝えようとメディアにも積極的に出て政治の話をしたが、この方向転換はそれまでのファンを困惑させただけだった。
続く7枚目のアルバム『World In Motion』ではさらにプロテスト・ソングの色が強くなり、結果としてジャクソンのアルバムの中では最も売れない1枚となってしまった。

1992年の9月、数字の上では明らかに低迷していたジャクソンに、さらなる追い打ちとなる事件が起きた。
当時、交際していた女優のダリル・ハンナがジャクソン・ブラウンに顔を殴られたという情報が、マスコミによって報道されたのだ。
このニュースは連日メディアを賑わせ、それまでジャクソンが築いてきたキャリアやイメージに大きなひびを入れる事態となった。(のちにジャクソンは暴力を振るったことを否定しており、一部メディアものちに誤報だったとして謝罪している)

ジャクソンはこの事件に対するコメントを出さないかわりに、新作アルバム『I’m Alive』で彼女への想いを歌った。
政治から離れて再び自身の内面的な事柄について歌ったこのアルバムは、93年10月にリリースされると音楽メディア各紙で「ジャクソン・ブラウンが戻ってきた」と称賛され、ファンからも歓迎された。

「オズの魔法使い・イン・コンサート」に出演したのは、ジャクソンが低迷した時代を乗り越え、再び軌道に乗った頃のことだった。

麦わら帽子にオーバーオールという出で立ちでカカシになりきり、それまでジャクソンが歌ってきた失恋や政治とはかけ離れた童話の世界で純粋に歌うことを楽しみ、最後はキャスト全員でスタンダードの「Over the Rainbow」(「虹の彼方に」)を歌った。



この日、ジャクソンがソロで歌った「If I Only Had A Brain」(「もしも知恵があったなら」)はカカシの歌だ。
カカシは脳がないから自分は頭が悪いと思い込んでいる。

僕はただの空っぽじゃないのさ
頭にものが詰まっているし
心は苦しみに満ちているんだ
踊れば楽しいし人生は素晴らしいのさ
僕に脳さえあれば


ジャクソンは人生について「どんな状況にあろうと、人の人生には歌にする価値があると思うよ」と語っているが、この日はカカシの人生における苦悩を1人のシンガーとして見事に歌い上げてみせた。



【ジャクソン・ブラウン来日情報】
3月9日 (月) 名古屋 愛知県芸術劇場 大ホール
3月11日 (水) 東京 Bunkamuraオーチャードホール
3月12日 (木) 東京 Bunkamuraオーチャードホール
3月13日 (金) 東京 Bunkamuraオーチャードホール
3月16日 (月) 大阪 フェスティバルホール
3月17日 (火) 広島 広島文化学園HBGホール

詳細はこちら

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