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マイケルの神々しいパフォーマンスに乱入して台無しにした男

2015.09.01

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英国レコード産業協会が毎年主催する音楽の祭典、ブリット・アワードにマイケル・ジャクソンが出演したのは1996年2月19日のことだった。

前年の10月に発表した「アース・ソング」は、環境破壊や紛争など地球を取り囲む様々な問題について訴えた楽曲で、イギリスでは100万枚以上を売り上げる大ヒットになった。
そんなマイケルにアーティスト・オブ・ジェネレーション・アワードという特別賞が贈られ、特別ゲストとしてパフォーマンスを披露することになっていた。

暗転して真っ暗になったステージのスクリーンに地球が映し出されると曲が始まり、ステージに現れたマイケルは光に照らされながら歌い始めた。

朝日はどうなってしまうんだろう
雨はどうなってしまうんだろう
いったいどうなってしまうんだろう
僕達が得ようとしていたものは


やがてマイケルに導かれたかのように、ステージには次々と人々が集まってくる。
集まった人たちは「僕達はどうなってしまうんだろう」というコーラスを繰り返し、マイケルが必死に叫び続ける。
壮大な物語がステージ上で展開していく。

そしてマイケルがクレーンに乗って空高く舞い上がろうという、その時だった。

ステージの下手側から黒い服をまとった不審な男が現れた。
その男はマイケルのいなくなったステージ中央に立つと、怪訝そうな顔で辺りを見渡し、あろうことか客席に向かって尻を向けるなどといった挑発的なパフォーマンスをし始めた。

パルプのリーダー、ジャーヴィス・コッカーだった。
前年に大ブレイクしたパルプもまた、ブリット・アワードにノミネートされていた。

ダンサーの1人が慌てて取り押さえようとするが、ジャーヴィスはその手を振り切ってステージを逃げ回り、マイケルがステージに戻ってくる頃には舞台裏へと姿を消した。

<ジャーヴィスが現れるのは5分ちょうどあたりから>


控室に戻ったジャーヴィスはその後、駆けつけた警察官に署まで連行されることとなった。
ステージにいた子供に怪我をさせた容疑がかけられていたのだ。
結局、怪我をさせた証拠がないということで、ジャーヴィスが釈放されたのは明け方だった。

マイケル・ジャクソンは常に100%の完璧なパフォーマンスを求め、そのための努力を惜しまないアーティストだ。
それゆえ、自分のパフォーマンスを、こともあろうか同じアーティストに妨害されたというのは、ひどくショックな出来事だった。

マイケルが所属するエピック・レコードからは後日、以下のような声明が出された。

「マイケルはパルプをアーティストとして尊敬しています。
ですが、あの行動にはとてもショックを受けています。
同じアーティスト、パフォーマーに対する敬意がないことがまったく理解できません。
(中略)
昨晩は悲しい結末となりましたが、マイケルは理解とサポートを示してくれた全ての友人、メディアに感謝しています」


ジャーヴィスもマイケルの声明を受けて、なぜそのような行動に出たのかを弁明した。

「僕の行動は、マイケル・ジャクソンが癒しの力を持ったキリストのように振る舞っていたことへの抗議だ」


神のような振る舞いと演出で人々の心を動かすというのは、もはやアーティストの枠組みを超越していた。
キング・オブ・ポップと呼ばれた男がこのようなパフォーマンスをすることに不満をつのらせ、ステージに乱入するという暴挙に出たのだという。
そして、ステージでは誰とも接触していないと主張し、子供に怪我をさせた疑いをかけられるのは侮辱的だ、と付け加えた。

映像でも子供にぶつかったというのは確認されず、怪我をさせたというのはまったくの誤報だったとされている。

この事件について大衆紙の多くはマイケル・ジャクソンを擁護し、ジャーヴィスの行動を強く非難した。

しかし、ジャーヴィスを支持する声も少なくはなかった。
多くのアーティストがジャーヴィスを支持し、中でもブライアン・イーノはステージを降りたジャーヴィスに最初に声をかけた1人で、その後もいろいろと味方になって手助けしてくれたという。
NMEやメロディーメーカーといった音楽メディアもジャーヴィスを擁護した。
当時のマイケル・ジャクソンに対して、不満を抱く者が多かったことを物語っている。

ジャーヴィスはその後、この事件について語ることをやめていたが、2009年にマイケルが亡くなった際に沈黙を破ってこう語った。

「僕が言いたいのは、彼(マイケル)が80年代半ばのようなレコードを作り続けていたら、それはきっと素晴らしいものになっていただろうってことさ。
でも…この20年間彼はそうしなかった。僕にとっては、それこそが悲劇なんだよ」


他人のパフォーマンスを妨害するというジャーヴィスの行動は、やはり許されるものではないだろう。
しかし、そうまでして訴えたいことが、彼にはあったのだった。

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