「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the LIVE

ボサノヴァの名演『ゲッツ/ジルベルト』のライブが行われたカーネギーホールの客席にいた中村八大

2019.01.15

Pocket
LINEで送る

作曲家の中村八大が家族とともにニューヨークへと移住したのは、1964年の8月が終わろうという頃だった。

坂本九が歌った「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」のタイトルで全米1位を記録し、世界的なヒットとなって押しも押されぬ人気作曲家となった八大だが、あまりにも仕事に追われる日々から逃れるように、日本を離れて家族とともに1年間の充電期間を作ったのである。

それからはエンターテイメントの本場でコンサートホールやジャズクラブ、ライブハウスに通いつめて音楽三昧の日々を送りはじめる。
なかでも世界有数のコンサート会場、カーネギーホールへは毎週のように足を運んだ。

カーネギーホール


10月9日はジャズ・ミュージシャンのスタン・ゲッツと、ボサノヴァの創始者とされる作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビン(愛称トム・ジョビン)と、歌手のジョアン・ジルベルトによるコンサートだった。

1950年代末にブラジルで生まれた「ボサ・ノヴァ(新しい波)」は、60年代になってから海を超えてニューヨークの音楽ファンの間に広まり始めた。
伝説のピアニスト、セロニアス・モンクはボサノヴァについて、「ニューヨークのインテリたちの音楽、ジャズに欠けていたものをもたらした」と語っている。

ジャズ・ミュージシャンたちにとって、ボサノヴァは新鮮かつ想像力を刺激するものだった。
最初にブラジルからミュージシャンを招いて、ニューヨークでボサノヴァ・コンサートが催されたのは、1962年11月21日のことだ。

その夜はジョアンとトム・ジョビンのほか、セルジオ・メンデス、カルロス・リラなど、ブラジルを代表するミュージシャンが集まった。
本物のボサノヴァが初めて演奏されるということで、会場となったカーネギーホールはソールドアウトになった。
そしてスタン・ゲッツやマイルス・デイヴィスをはじめとして、多くのミュージシャンたちが観客として足を運んだ。

しかしブラジルからやって来た出演者たちに、不安要素がないわけではなかった。
ニューヨークの観客が普段耳にしているボサノヴァは、主にアメリカのジャズ・ミュージシャンたちが演奏したものだった。
つまりはボサノヴァの要素を取り入れたジャズであり、純粋なボサノヴァが受け入れられるという確証はどこにもなかったのだ。

だが、そんな不安はまったくの杞憂に終わり、コンサートは拍手喝采に包まれて大成功となった。



この成功によってジョアンは名門ジャズ・レーベル、ヴァーヴとの契約が決まり、1963年の3月にスタン・ゲッツとの共作『ゲッツ/ジルベルト』がレコーディングされた。
ところがスタジオではジョアンがゲッツとまったくそりが合わず、トム・ジョビンのとりなしで何とか録音だけは無事に終えたという状態だった。
ヴァーヴのプロデューサーだったクリード・テイラーはしばらく様子を見ながら、アルバムをリリースする時期を待つことにした。

それから1年が過ぎた1964年4月にアルバムがリリースにされると、予想を上回る反響を呼んでヒットを記録する。
このときにテイラーは「イパネマの娘」をシングル・カットするにあたって、5分以上あった曲をゲッツやジョアンに無断で編集し、ラジオ局がオンエアしやすいように2分48秒に縮めた。

その狙いが的中してアストラッド・ジルベルトが歌った「イパネマの娘」は、最終的には200万枚を超える大ヒットになったのである。

ゲッツジルベルト

アメリカにおけるボサノヴァ人気は誰の目にも明らかなものとなり、ジョアンは10月にゲッツと共演するためにカーネギーホールの舞台に立った。

コンサートはアルバム『ゲッツ/ジルベルト』とは違って、前半がスタン・ゲッツ・カルテットのジャズ、後半がジョアンによる弾き語り中心のボサノヴァという2部構成だった。
そして最後にアストラッドが登場して、「イパネマの娘」などを歌って3者の共演が実現した。

その夜のライブは『ゲッツ/ジルベルト#2』というタイトルで、後にアルバムになって発売されている。
ただし録音にトラブルが生じたために、若き日のゲーリー・バートンを加えたスタン・ゲッツの演奏がA面、B面がジョアン・ジルベルトのライブで、3者の共演はレコードには収録されなかった。

しかしこの夜のライブにおけるジョアンの歌と演奏はメロディとリズムだけでなく、ハーモニーやグルーヴもふくめて、声とギターだけで完璧な音楽空間を作り出す名演だった。

中村八大は1961年に初めてブラジルに行って以来、サンバやボサノヴァに強く関心を持っていたが、その夜の一部始終を見て大いに満足したようだ。
当時の日誌には、「Very good ソフトでとてもよかった」と書き残している。


ゲッツジルベルト2


なお、後にCD化された際には収録時間の問題と録音状態の悪さから、アナログレコードには収録されなかったアストラッドが登場して共演した「イパネマの娘」の貴重な音源も、ボーナス・トラックとして日の目を見た。
そこでは人気が急上昇していたアストラッドの歌声で、半世紀以上も前の歴史的な夜にタイムスリップして、雰囲気を楽しむことができる。
(アストラッド・ジルベルトの登場は50分過ぎたあたりからで、52分30秒過ぎからはジョアンとのデュエットによる「イパネマの娘」が聴取できます)



(注)本コラムは2015年10月20日に公開されました。


スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト『ゲッツ/ジルベルト#2+5』
Universal

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the LIVE]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ