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偉大なるジャズマン、スタン・ゲッツが残した最後のメロディ

2015.10.27

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1964年の大ヒットアルバム『ゲッツ/ジルベルト』で、ボサノヴァをジョアン・ジルベルトらとともに世界中に広めたジャズマン、スタン・ゲッツ。
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1940年代末から第一線で活躍し続け、多くのジャズマンが目標にしてきた。しかし、その生涯は稼いだ金のほとんどを酒や麻薬に注ぎ込んでしまうという、破滅的なジャズマンを地で行くようなものだった。

stangetz_legacy

肝臓がんを患っていることが分かったのは1987年、齢にして60歳頃のことだった。
病状はかなり進行しており、医者からはあと1年半の命だろうと宣告される。
しかしスタンは悲観的になることなく、食事を自然食に切り替えるとともに漢方薬による処方をはじめ、音楽活動はそれまで以上に精力的なものとなった。

そして1991年3月6日、この日から4日間はコペンハーゲンのモンマルトルで、ケニー・バロンとのデュオによるコンサートだった。

montmartre

ケニーはスタンが晩年にもっとも気に入っていたジャズピアニストの名手で、1984年頃からはバンドのレギュラー・メンバーだった。「スタン・ゲッツは傲慢で気難しい」と聞いていたが、実際に仕事をしてみるとそんなことは全くなかったという。
そんな2人のデュオ・アルバムを作ろうということで、モンマルトルでのコンサートは実現した。

ケニーによれば「『モンマルトル』におけるスタンのプレイはいつになく好調で、すべてのソロに全力投球していた」という。
このとき、スタンは余命を宣告されてからおよそ4年の月日が過ぎていたが、そんなことなど一切感じさせないような活力のみなぎったサックスを吹くと、ケニーも負けじとピアノで応え、2人による息のあった素晴らしいインタープレイが展開していった。

しかしフト目をやると、彼は1つのソロを終えるたび息を切らしていた。
彼の体調が良くないことは一目瞭然だった。


モンマルトルでの最後の夜が終わると次はパリでコンサートだったが、演奏そのものが困難となってツアーは途中で終了、スタンはカリフォルニアに戻って治療を受けることになる。

しかし、それから3ヶ月後の6月6日、スタン・ゲッツは闘病生活の末に64歳でこの世を去っていった。
夏には再びツアーに出ようと計画を立てていたという。
偉大なジャズマンは、最後まで現役でその生涯を全うしたのだった。

翌1992年のグラミー賞では最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・ソロ賞が贈られた。
そして、モンマルトルでの夜を収録した2枚組のアルバム『ピープル・タイム』がリリースされると各方面から称賛を集めた。
この作品でその名を広く知られるようになったケニー・バロンはこのように振り返っている。

このレコーディングに収められた音楽が格別のものに思えるのは、これがスタン・ゲッツの演奏を刻んだ最後のレコーディングであるという以外に、その音楽が……ガンのもたらす苦痛にもかかわらず、あるいはそれゆえになお一層……リアルで誠実で、ピュアでビューティフルな音になっているからである。




Stan Getz,Kenny Barron『People Time』
Mercury

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