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ジョージ・マイケルが少年時代からのヒーロー、エルトン・ジョンと歌った「僕の瞳に小さな太陽」

2016.12.27

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ジョージ・マイケルにとって、エルトン・ジョンは少年時代からのヒーローだった。

ジョージがロンドン郊外で生まれたのは1963年、本名はヨルゴス・キリアコス・パナイオトゥーという。父親はトルコ南部に位置するギリシャ系の島国、キプロスからロンドンにやってきた移民だった。

ジョージが最初に夢中になった音楽は、手回し式の蓄音機から流れる3枚のレコードだ。
黒い円盤から音楽が流れることが信じられず、その不思議さに取り憑かれてしまったという。

両親が僕に、シュープリームスを2枚、トム・ジョーンズを1枚、計3枚の古い45回転盤をくれたんで、それこそ毎日学校から帰るとガレージに行ってはこの蓄音機を回して、レコードをかけていた。(『自伝 裸のジョージ・マイケル』より引用)


その3枚が親の持っていたレコードのすべてだった。父親は毎日休むことなく働き詰めで母親も育児で忙しかったため、ビートルズなど当時のチャートシーンを賑わせていたロックの類とは無縁だったそうだ。

次にジョージが夢中になったのはラジオだった。次から次へと流れてくる音楽の中からお気に入りを見つけては録音し、それを何度も聴き返すのだった。
そうした日々の中でジョージはスティーヴィー・ワンダーやクイーンなどに夢中になっていたのだが、中でもエルトン・ジョンは別格だった。
エルトンの音楽には美しいメロディ、ドラマティックな展開など、ジョージの求めるものが全て揃っていた。
特にお気に入りだったのが1974年の作品「僕の瞳に小さな太陽」だ。



その後ワム!を結成してポップ・スターとなったジョージは、1985年に20世紀最大のチャリティ・イベント「ライヴ・エイド」に出演し、エルトン・ジョンとの共演を果たす。
曲はジョージのお気に入りである「僕の瞳に小さな太陽」だった。



2人はその6年後にもこの曲で共演をしている。
それは1991年に開催されたジョージ・マイケルのソロ・ツアー『カバー・トゥ・カバー・ツアー』でのことだ。
ツアのタイトル通り、ジョージがお気に入りの楽曲をカバーするというこのツアーでは、ポリスやイーグルスといったロックからソウル、クラブ・ミュージックに至るまで幅広いジャンルの楽曲が取り上げられたが、その中でも最も多かったのがエルトン・ジョンの曲だった。

3月25日、ロンドンのウェンブリー・アリーナでの公演で、この曲を歌い始めたジョージは、1番を歌い終えるとサプライズ・ゲストとしてエルトン・ジョンを呼びこむ。そこからは2人による圧巻のデュエットが展開していった。



そのパフォーマンスは同年11月にシングルとしてリリースされ、イギリスとアメリカそれぞれでチャート1位を獲得する大ヒットとなっている。

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そんなジョージ・マイケルが帰らぬ人となったのは2016年12月25日のクリスマス。
おそらく一年のうちでもっとも多くの人たちがジョージの歌を耳にするであろう日のことだった。
享年53歳。近年ベテランのアーティストたちが次々とヒット作を出していることを思えば、それはあまりにも早すぎる死だった。

ジョージの訃報に対し、エルトン・ジョンはこうコメントを発信している。

僕は深い悲しみの中にいる。
親愛なる友人を失ってしまったのだから。
誰よりもやさしく、寛大な心を持ち、そして輝かしいアーティストだった。
僕の心は彼の家族、友人、そして全てのファンと共にある。



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