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人気絶頂の中、唐突に解散を発表したジャムのラスト・コンサート

2023.10.29

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1982年10月30日。
イギリスの各メディアは、若者の間でもっとも人気のあるバンドの1つ、ザ・ジャムから送られてきたプレスリリースを掲載した。

すべてのファンのみなさんへ。
年内いっぱいでジャムは正式に解散することになりました。
グループでやれることはやり尽くされたからです。
そう、音楽的にも商業的にもです。


数週間前から解散の噂は報じられていたが、それでも人気絶頂のバンドが突如として解散を発表するというのは、やはり多くのファンを驚かせた。

バンドリーダーであるポール・ウェラーが、メンバーの2人に解散の意思を伝えたのはその年の夏だった。
ブルース・フォクストンとリック・バックラーの2人だけでなく、周りのスタッフやレコード会社の人間も反対したが、ポールの意思は変わらなかった。

これ以上プレッシャーに耐えきれないというのが一番の理由だった。

解散発表から数日後にファンクラブに向けて出されたコメントでは、ポールが抱えていた苦悩について書かれていた。

僕はソングライター、そしてバンドの顔としてやってきたわけだけど、次のアルバム用の作品を書かなければいけないというプレッシャーに常にあえいでいた……


ジャムがポリドールから「イン・ザ・シティ」でメジャー・デビューを果たしたのは1977年4月。


バンドは勢いそのままに、1stアルバムと2ndアルバムを立て続けにリリースしたが、ここにきてポールは曲が書けなくなるというスランプに陥ってしまう。

あの時はみんながどうしていいのかわからなくなっていた。ソングライターとしての僕は特にね。
何もアイディアが浮かんで来なかった。創作意欲が枯渇していたんだ。


ポリドールがジャムではなくシャム69に力を入れはじめたこともあって、ポールにはバンドの危機とプレッシャーが重くのしかかった。
そんな逆境をはねのけようという強い意思の賜物か、ある日突然、ポールの中に新しいアイディアが湯水のように降ってきたという。
そうしてリリースされた3rdアルバム『オール・モッド・コンズ』は全英6位を記録、ジャムは危機的状況を脱出すると同時に大きな飛躍を遂げてみせた。


その後もジャムは次々とヒット曲を連発し、押しも押されもせぬ人気バンドとなったが、ポールがプレッシャーから解放されることはなく、ストレスで度々体調を崩してしまうのだった。

また、ポールは創作活動の面においても大きな不満を抱えていた。
バンドの成長とともに、ポールも以前から好きだった60年代ソウルのサウンドを取り入れるなど、様々な挑戦を試みるようになる。
その成功例が大ヒットシングル「悪意という名の街」だが、一方でそういった変化を求めず、初期のようなバンドサウンドを求めるファンもいた。


ファンがジャムに求める曲と、ポール自身がやりたい曲。
その2つの間にズレが生じたとき、ポールが最終的に選んだのは後者だった。

人気絶頂のバンドという重荷から解放され、純粋に自分がやりたい音楽をやる、そのためには解散という道しか残されていなかったのだ。

11月にリリースされた最後のシングル「ビート・サレンダー」は、解散という話題も後押しして全英チャート1位を獲得する。


ラスト・ツアーはあっという間にソールドアウトとなり、追加公演がされることになった。
その最後の場所としてポールが選んだのはブライトン、モッズの聖地であり、映画『さらば青春の光』の舞台にもなった場所だ。

12月11日。
会場が興奮と困惑の入り混じった異様な熱気で包まれる中、ポールはジャムというバンドがいかに多くのファンから愛されているかを実感しながら、そしてようやく重荷から解放されることに喜びを感じながら、出し惜しみのない渾身のパフォーマンスを披露した。

ベーシストのブルースも、解散という事実をまだ受け入れられていなかったが、それでもこの日のパフォーマンスは特別だったという。

ほんとにすごかった。全員の体から、電流が走ってるような感じ。
で、そんな風に一瞬、夢の世界をさまよったかと思うと、急に現実に引き戻される、みたいな。

人気絶頂の中であっけなく幕を下ろしたジャム。
それから30年以上が過ぎた今も、3人が揃ってステージに立ったことは一度もない。
そこからは有終の美を汚したくないという、ポールの美学が感じられる。


参考文献:『ポール・ウェラー My Ever Changing Moods』ジョン・リード著/藤井美保訳(リットーミュージック)『ザ・ジャム ビート・コンチェルト』パオロ・ヒュイット著/奥田祐士訳(JICC出版局)








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