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People Are Strange まぼろしの世界〜音楽とアートは今よりずっと親密な関係だった〜

2015.07.12

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「People Are Strange」/ザ・ドアーズ


この「People Are Strange」は、1967年10月にリリースされたドアーズの2ndアルバム『Strange Days(まぼろしの世界)』に収録され、シングルカット盤はビルボードチャートで最高12位を記録した。
ジム・モリソンは、当時からいわゆる“天才肌”といわれ、ロックバンドのボーカリストである前に“詩人”だった。
ドアーズと言えば「Light My Fire(ハートに火をつけて)」や「Love Me Two Time」をはじめとする代表曲がいくつかあるが、実はそれらの歌詞を書いたのはギタリストのロビー・クリーガーだった。
彼はそれこそジム以上に“ジム・モリソンらしく”響く言葉を書くことが出来たのだ。
ロビーの曲は比較的ポップゆえに大衆にも受けたし、実際にいい曲ばかりではあるのだが…やはりドアーズにはジムが手掛ける曲も欠かせなかった。
この「People Are Strange」はジムとロビーの共作らしいが、歌詞はジムによるものだ。
ドラムのジョン・デンスモアは、あるインタビューでこの曲の歌詞について「モリソンのvulnerability(もろさ)が現れている。」と語っている。
周囲に対する違和感・疎外感を歌ったジム。
シンプルな言葉でそれらを過不足なく表現してしまうところに、彼の非凡な才能を感じずにいられない。

お前がよそ者であるとき 
人々はよそよそしい
お前が独りぼっちのとき 
人の顔は醜く映る
お前が求められていないとき 
女達は邪悪に見える
お前が落込んでいるとき 
道のりは険しく平坦ではない


お前が普通じゃないとき 
彼らの顔が雨の中から現れる
お前が奇妙なとき 
誰もお前の名前なんて憶えていない
お前がストレンジであるときには…
お前がストレンジであるときには…


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この写真は、ドアーズの2ndアルバム『Strange Days(まぼろしの世界)』のインナースリーヴに使われたものだ。


そう、あんなジム・モリソンには二度と巡り会えなかった。
あの写真はドアーズ伝説の大きな部分を占めることになる。
彼の人生のピークをボクは捕まえたんだと思うよ。

――Joel Brodsky(ONE AFTERNOON IN NEW YORK /1981年)


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撮影したのは写真家のジョエル・ブロツキー(1939年10月7日〜 2007年3月1日)という男。
これまで、彼の作品(写真)は400枚以上ものアルバムを飾ってきた
たとえ彼の名を知らなくても、アレサ・フランクリン、トム・ウェイツ、ロッド・スチュワート、ヴァン・モリソン、キッス、ストゥージーズ、MC5などのアルバムジャケットやアーティスト写真を見ればきっと膝を打つはず。
彼が撮影した中でも、もっとも有名な作品がこの上半身裸のジム・モリソンの肖像と言われている。
1966年、地元ニューヨークで撮影スタジオを開いた彼は、すぐさまドアーズのメンバーを集めこのポートレートを撮影した。
この時ジムは正体をなくすほど“へべれけ”になっていたそうですが、彼はおかまいなしにシャッターを切り続けたのだという。

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ザ・ドアーズ『Strange Days(まぼろしの世界)』

(1967/Elektra)


このアルバム『Strange Days(まぼろしの世界)』の風変わりなジャケット写真も彼の作品である。
当時、ジム・モリソンはアルバムジャケットにポートレート(自分達の写真)を使いたがらなかった。
ドアーズが奏でる音楽の世界観を表現しようとした彼は、フェリーニの映画からヒントを得て、サーカスのヴィジュアルを思いついたのだという。
路地裏で演じられる旅芸人一座による異様で幻のような光景には、サウンドに内在する異常性と幻想性がそのまま投影されているかのようだった。
実はこの撮影時期がたまたまカーニバルシーズンと重なり、本物の芸人を探すのにとても難航したらしい。
“小人”は何とか代理店が手配したものの…苦肉の策として“ジャグリングの男”は彼のアシスタントに変装させ、“怪力男”はクラブのドアマンを急遽起用し、トランペット奏者はタクシー運転手を5ドルで雇って出演させたというエピソードが残っている。
撮影場所はニューヨークだった。
かつて小説家のトルーマン・カポーティや、ジャーナリストのウォルター・クロンカイトなどの著名人が住んでいた住宅街マレーヒルにある袋小路。
多彩な様式の建築が混在するこの地区にあって、歴史的建造物に指定される建物が並ぶ閑静な一角で撮影が行われた。

「現在活躍している写真家のアニー・リーボヴィッツやデヴィッド・ラシャペルが今やっていることを、ジョエルは30年前にやっていたんだ。」

2001年に引退したジョエル・ブロツキーの初めての回顧展を開催したギャラリーのオーナーであるクリス・マレーはこんな言葉で彼を賞讃している。
彼が革新的だったのは、アルバムの写真にコンセプチュアルなストーリーを持ち込んだことだった。
ロックミュージシャンの間で盛んに“コンセプトアルバム”がつくられるようになるのは、60年代の後半頃からのこと。
彼は、そういう時代の空気を敏感に感じ取っていたのだろう。
それはまだアルバムがLPサイズだった頃、音楽とアートは今よりずっと親密な関係だった…。

「People Are Strange」/ザ・ドアーズ


1983年、日本のお茶の間に突如として“ストレンジ”なCMが流された。
このアルバムジャケットからのインスパイアを色濃く感じるサントリーローヤルのシリーズCMでは、ジム・モリソンが多大な影響を受けた19世紀のフランスの詩人ランボーを語る演出が確信犯的で斬新だった。

『サントリーローヤルCM〜ランボー編〜』(1983年)


さて今週は「伝説的なアルバムジャケットと言えばこの一枚!」を紹介して下さい♪
皆様からのコメント欄への投稿をお待ちしております。
洋楽・邦楽・性別・世代を超えて“音楽と出逢う”歓びを、皆さんで分かち合いませんか?
宜しくお願い致します。

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