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若者たち・前編〜打ち切りとなった硬派なドラマが生んだ名曲の誕生秘話〜

2016.01.03

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君の行く道は 果てしなく遠い
だのになぜ  歯をくいしばり
君は行くのか そんなにしてまで

君のあの人は 今はもういない
だのになぜ  なにを探して
君は行くのか あてもないのに


2014年の夏、フジテレビの開局55周年記念で『若者たち』というドラマがリメイクされて話題をとなった。
ドラマはもちろん、森山直太朗が歌った主題歌「若者たち」がiTunesチャートで6位にランクインするなどして注目を集めたのだ。
オリジナルは黒澤明監督の息子の黒澤久雄が結成した「ザ・ブロードサイド・フォー」というフォークグループが歌ったもので、1966年に同名のドラマで使用されたのをきっかけにヒットした昭和の名曲である。
実はこのドラマも楽曲も、当時“すんなり”とヒットしたものではなかったのだという。
当時、フジテレビ系列で1966年2月7日から9月30日まで放送された『若者たち』。
両親を亡くした五人兄弟がさまざまな問題に直面しながら生きていくという設定の中、朝鮮人兄弟の結婚問題を通じて差別を扱った回が放送中止になり、その後ドラマ自体が34回を最後に打ち切られたという。
そんなエピソードが象徴するように、このドラマは社会批判の視点が組み込まれていた硬派な番組だった。
放送スタート当初は低視聴率に苦しんだが…放送回を重ねるごとに人気が上がり、主題歌「若者たち」にも注目が集まるようになる。


この名曲を歌ったザ・ブロードサイド・フォーとはどんなグループだったのだろう?
1964年、高校時代からバンドで活躍していた黒澤久雄が成城大学在学中にザ・ブロードサイドスリーを結成。
メンバーは鶴原俊彦と横田実で、大学生ながらにアルバムを1枚製作するほどの実力(資金力?)があった。
その後、1965年に山口敏孝を加え、バンド名をザ・ブロードサイド・フォーと改名。
この「若者たち」の作詞を担当した藤田敏雄は、労音(勤労者音楽協議会)ミュージカルの制作を担当した日本の創作ミュージカルの草分け的存在である。
作曲した佐藤勝は、黒沢映画の映画音楽(「用心棒」「天国と地獄」「赤ひげ」など)を数多く手がけた作曲家だ。
当時はオリコンチャートなどが存在する前で、ヒット曲ではあったが、チャートに記録が残ることはなかった。
1966年9月にリリースされた「若者たち」のヒット直後、黒澤久雄がアメリカへ留学したため、グループは1966年秋に解散する。
──実はこの曲の誕生と、森山直太朗の母親である森山良子とは“不思議な縁”で結ばれていたという。

■「若者たち・後編〜運命の巡り合わせを感じずにはいられない再ヒット〜」は1/10(日)に公開予定です。お楽しみに♪


森山直太朗『若者たち』

森山直太朗『若者たち』

(2014/ EMI Records)


『青春歌年鑑 60年代総集編』ザ・ブロードサイド・フォー、他

『青春歌年鑑 60年代総集編』ザ・ブロードサイド・フォー、他

(2004/EMIミュージック・ジャパン)

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