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フジ子・ヘミング物語—後編〜報われない恋、猫との出会い、天国にある貯金通帳〜

2016.10.23

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「フジ子・ヘミング物語—後編〜報われない恋、猫との出会い、天国にある貯金通帳〜」

フジ子・ヘミング。
「聴いた人が涙を流すピアニスト」
「聴力の80パーセントを失った音楽家」
「60歳を過ぎるまで全く無名だった天才アーティスト」

彼女がメディアで紹介される時に使われてきたフレーズだ。
著書を開けば、こんな印象的な言葉が綴られている。

私は長いこと恋人もいませんでした。
今もそう。
私はいつも空想の中で恋をしていたのです。
映画『カサブランカ』のイングリッド・バーグマンのような満たされない恋が好きだったわ。
今なお、私がこうしてピアノを弾いていられるのは、私の空想癖とそうした世界へ導いてくれる“愛しい宝物たち”の存在のおかげです。


聴力を失ってしまい…失意の中、スウェーデンのストックホルムで暮していたころ、彼女は見るからに芸術家風のハンサムな男性に恋をしたことがあった。
彼をなんとか喜ばせて、自分のことを好きになって欲しいと思いながら、当時なけなしのお金でささやかなプレゼントをしたり、遠く離れたところに住んでいた彼の家までいつも2時間かけて小さなデンマーク製の自転車を走らせていたという。
だけど…ある日、彼女はその恋がどんなに努力をしても報われないことを知る。
彼は“女性を愛せない人”だったのだ。

惚れた相手がゲイだから何も進展しないわけです。
こちらはそれでもいいと思っていても、相手は女なんか大嫌い。
一緒にいることさえ嫌なのです。
一時間もいれば「もうこりごりだ、早く帰ってくれ!」と、そんな様子を見るのがすごく悲しかったわ。
つくづく報われないことはもうやめよう…まだ猫なんかといたほうが楽しいかなって。
そして、辛い恋はおしまい。
好きだった人は、今はもう一人もこの世にはいません。
それに、恋なんていつかみんな消えちゃうもの。
恋をしてアバタもえくぼでドキドキしたのが、数年も経てばやっぱりアバタだったと気がつくのです。
でも、本当の愛はそうじゃないのに…。
ただし(私のあの時の)恋はくだらなかったけれど、恋に夢見ていた頃をこうして思い出せるということは、とても微笑ましい幸せだと思うわ。


しばらくして、彼女はストックホルムからドイツのハンブルグへと移住する。
1980年、48歳になった彼女のもとに一匹の猫がやってくる。
ピアノの生徒が飼っていた猫が子供を産み、里親を探していたのだ。
生まれたばかりの小さな小さなキジ猫だった。
その仔猫はとてもおとなくして、以降、彼女とどこへ行くにも一緒だった。
ほどなくして、一匹では寂しいだろうともう一匹連れてきて…あっという間に九匹まで増えてしまう。
部屋を汚してないだろうか?どこかに落っこちてないだろうか?と、年中気をつけてやらないといけないから、彼女は猫を飼いはじめてからは泣いたことはなかったという。

猫は罪がなくて、馬鹿げたところがあるから可愛いのだと思います。
そんな馬鹿なものを一日中見て暮すなどというのは、もったいないような贅沢な話。
贅沢といっても、お金はかかりません。
ひとり椅子に座って猫の行動を見守るのはとても楽しいことだし、本当に心が休まります。
おまけに猫を飼いはじめてからは、欲がなくなって、よい友人も増えていきました。
今、私がこうしてピアニストとして心穏やかに健在でいられるのは、本当に猫達のおかげだと思っています。


その後、日本に帰国してからも彼女は猫達と暮している。
現在はパリのモンマルトルとサン・ルイ島、ベルリン、そして東京の下北沢に自宅を行き来しながらの生活を続けているという。

下北沢の家は築60年を超えて多少ガタガタしてきたけれど、母が亡くなるまで過ごした家だから壊したくない。
いつの間にか20匹に増えてしまった猫と、犬一匹とで暮らしています。
捨てられた野良猫達がほとんどです。
裏手にある教会に平日の昼間、ふらりと入って一人で祈っているの。
祈ること?
どうか世界から、飢えで苦しむ子どもや動物がいなくなりますように。
そして、私のピアノで救われる人がいるのなら、どうぞよりよい演奏ができますようにって。


彼女がことあるごとに動物愛護協会に寄付金を送ったりするのは、自分を知らぬ間に支えてくれた動物達への感謝の気持ちなのだという。
また、彼女は敬虔なクリスチャンであるため、あるインタビューではこんな印象的な発言もしている。

聖書に書いてあるように「自分のお金は財布に貯めないで天国に貯めなさい。そうすると報いは大きい。」と、そういう教えを守っているだけのことなのです。
私がコンサートなどで得たお金は、動物愛護協会や児童福祉施設に寄付したり、それから税金でごっそり持っていかれているうちに、手元にはほとんど残らないのです。
だけど、私は聖書の教えの通り“貯金通帳は天国にある”と思っています。


彼女は米国同時多発テロ後の被災者救済のために1年間CDの印税の全額寄付や、アフガニスタン難民のためのユニセフを通じたコンサート出演料の寄付、3.11東日本大震災復興支援チャリティーコンサート及び被災動物支援チャリティーコンサートといった支援活動も続けている。
こうした人や動物を愛し支援する事を忘れない人間味溢れる人柄も多くのファンを魅了してやまないのだ。
最後に────「あなたにとってピアノとは?」という問いに対して、彼女はこんな答えでインタビュアーを驚かせたというエピソードがある。
これまでも、いくつかの著書や彼女の人生を語る書籍や番組はあったが…この言葉こそがフジ子・ヘミングの“すべて”を表しているような気がする。

私にとってのピアノ?そうね…猫達を食わせていくための道具ね。


<参考文献『フジ子・ヘミング 耳の中の記憶』フジ子・ヘミング(著)小学館>

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