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ミック・ジャガーが勲爵士(ナイト)になった日―前編

2017.01.22

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♪王宮を陥落させる革命の時が来た
でも俺の住んでいるところは妥協案を出そうとしている
この可哀想な少年にできるのは
ロックンロールバンドで歌うことくらい
寝ぼけたロンドンの街には
ストリートファイティングマンの居場所なんてないから♪


それは2003年12月12日金曜日、イギリス・バッキンガム宮殿での出来事だった。
海軍少将の礼装に身を包んだチャールズ皇太子が、手元に渡された名簿に目を通していた。
皇太子はそこに書かれたある人物の名前を見つけて、思わず咳払いをしながら隣りにいた王室長官に小声で確認した。

「サー・マイケル・ジャガー。今回は彼も呼ばれているのか?」


今日の叙勲式の円滑な運営を一任されている長官は皇太子の耳元で囁くように答えた。

「はい殿下、さすがにすっぽかしはしないでしょう…」


この勲爵士(ナイト)位の授与は、すでにこの数年前より当時のトニー・ブレア首相から要請があったことが明かされている。
ミックはストーンズやソロ活動を理由にこれを断っていたが、このとき(2003年当時)首相より「ローリング・ストーンズが40年という前人未到の活動を続ける今、あなた以上にこれ(ナイトの称号)を得るに相応しい人物はいない」といわれたという。
これまで何かと理由をつけて日取りを延期してきたミックは、つい二日前にも宮殿からの招待をスケジュールの都合で断っていたばかりだった。
しかし、その断った“本当の理由”は、何とも子供じみたものだった。
同じ日に叙勲する人物リストの中に、先のW杯でイギリスに優勝をもたらしたラグビー界のスーパースター(ジョニー・ウィルキンソン選手)が名前があったからだ。
当時60歳だったミックには、スポーツ界の若々しい英雄とスポットライトを奪い合う気は毛頭なかったというのだ。

「まったくもって信じがたい。」


皇太子は首をふりながらこう続けた。

「あのミック・ジャガーにナイトの位とは…。とても信じられんよ。」


さらに女王の侍従の統括者の方を向いてこう付け加えた。

「母上には荷が重過ぎたようだ。」


こうした式典でチャールズが母親(エリザベス女王)の代役を務めることは珍しいことではない。
当時、女王は式典の直前に突然左ひざの手術を受けると言い出し、息子や従者たちを驚かせた。
前の年からずっと引き延ばしていた手術で、特に急を要するものではなかったからだ。
事実その週、ロンドン市内のW杯優勝パレード後にウィルキンソン選手と彼のチームメイトをバッキンガム宮殿に招いたときは、すこぶる元気そうにしていたという。
ある宮廷高官は、当時の様子をこう述懐している。

「女王陛下はリストにミック・ジャガーの名前があるのを見て、何があっても式には出ないと決められたのです。それで急遽手術の予定を入れられたんです。」


この女王陛下や皇太子の反応には、もちろん確固たる理由があった。
それは60年代からミック・ジャガー=ローリングストーンズが「歌ってきた内容」「象徴してきたもの」に対する、根深い嫌悪感があるのだ。


♪“動乱”が俺の名前さ
大声をあげて絶叫し 王の首を取り
召使いどもを罵倒する
この可哀想な少年にできるのは
ロックンロールバンドで歌うことくらい
寝ぼけたロンドンの街には
ストリートファイティングマンの居場所なんてないから♪



あの時代、ミックは他のどんなアーティストよりも快楽主義的なセックスやドラッグ、そしてロックンロールの精神を体現していた人物だ。
まさに反体制の象徴であり、品位の欠片もない存在だった。
それはステージ上の“単なるパフォーマンス”ではなく、それまでの私生活に目を向けてもうなずけることだった…。

■「ミック・ジャガーが勲爵士(ナイト)になった日―後編」に続く(1/29公開予定)

<参考文献『ミック・ジャガー ワイルド・ライフ』クリストファー・アンダーセン(著)/岩木貴子、小川公貴(翻訳)/株式会社ヤマハミュージックメディア>

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