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親友との別れ〜パティ・スミスとロバート・メイプルソープ〜前編

2017.06.04

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パティ・スミスにアーティストとしてやってゆくことを決意させたのは、ニューヨークで出会った写真家ロバート・メイプルソープの存在だった。
1986年にエイズと診断されたロバートは、3年間に渡る闘病の末…1989年3月9日にこの世を去る。享年42だった。
ロバートの死から約7年間という歳月の中で、彼女は立て続けに辛い別れを経験し、悲しみのあまり表舞台から退いていた。
そして…1996年、彼女は6thアルバム『Gone Again』を発表した。
“ふたたび去りゆく”というタイトルが付けられたそのアルバムは、挫折の日々をおくりながらも、まさに渾身の想いで製作した復帰作となった。
親友のロバート、夫のフレッド・スミス、実弟トッド・スミス、バンドメンバーのリチャード・ソル(キーボード)、ニルヴァーナのカート・コバーン…彼女は去っていった大切な人たちへの鎮魂歌をこのアルバムに収録した。


「Farewell Reel(告別の歌)」

長く苦しい時だった
そして、雨になったなら
それが私に降りかかる
空が突然ひらけて雨になったなら
それは私に降りそそぐ

私は一人きりで歩いている
降りかかってきたものはまるで天国の涙のよう
そして私にはその涙が…
あなたのもののように思えてしかたがないの


彼女とロバートが出会ったのは1967年の夏…共に二十歳だったという。
彼女は8歳の頃から育ったニュージャージーの片田舎を後にして単身ニューヨークで暮し始めた。
わずかな現金(16ドル)を握りしめて、何のあてもないまま…逃げるように、祈るように、そして新しい未来を求めて…。
ウェイトレスや書店員などの職を転々としていた彼女はホームレス同様の極貧生活をしていた。
そんな中、ある日彼女は一先ず泊めてもらうために知人のアパートを訪ねた。
ところが、その知人はすでにそこから引っ越しており、代わりにそこに住んでいたのが写真家志望の青年ロバート・メイプルソープだった。
同い歳でアーティスト志望の二人はすぐに親しくなり…ロバートは彼女が抱える悩みについて親身に助言を与えてくれるようになる。
それと共に、彼女に対して自分だけの芸術表現を生み出すようにと勇気づけたという。

「パティ。僕らみたいに世界を見る奴なんて、誰もいないんだよ。」

ロバートが幾度となく彼女に言った言葉だ。
共同生活を始めた二人は、お互いの才能を伸ばしあうようになる。
彼女は書店で働きながら、詩を書き、絵を描き、時には演劇に出演したりするなどの芸術活動を始めた。
とは云え当時の彼女はランボーやディランに憧れる文学少女に過ぎなかったし、ロバートもまた、アーティスト志望の無名の若者に過ぎなかった。
そんな二人を大きく変えたのが、1970年頃から滞在(共同生活)していたチェルシーホテルでの日々だった。
様々のアーティスト達が“たまり場”としていたこの歴史的ホテルでの数々の出会いが、アーティストとしての彼らを形作ったのだった。
アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ、サルバドール・ダリ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスといった人間との交流が二人を大いに刺激した。
そんな中、彼女は同じ“チェルシーの住人”でもあった(現在は俳優としても知られる)劇作家のサム・シェパードから戯曲の共作を依頼されたりして、徐々に活動を活発化させる。
1971年、アンディ・ウォーホルの初期共同制作者であるジェラルド・マランガの、セント・マークス教会での朗読会の前座として出演することとなった彼女は、すでに知り合っていたギタリスト(当時はレコード屋の店員をやりながら音楽評論を書いていた)レニー・ケイのエレクトリックギターに詩を乗せてポエトリーリーディングを行い、詩人としての一歩を踏み出したのだ。
二人にとって刺激的な日々が続いていたある日…ゲイという自分のセクシャリティに気づき混乱し始めたロバートが彼女に「サンフランシスコに一緒に来てくれないか?あそこには自由がある!自分が誰なのか見極める必要があるんだ!」と迫ったことがあったという。
当時のサンフランシスコはヒッピーの聖地であると共にゲイカルチャーのメッカでもあった。
ロバートが同性愛に目覚めた時に、パティは「それは今まで文学の中にしか存在してなかったから、どう受け止めたら良いか戸惑った」と正直な気持ちを吐露しているが、彼に同性愛的な写真を撮るように勧めたのは彼女だったという。
その後、深く魂のレベルで繋がっていたはずの二人は、男女の関係ではなくなったことを意識し始め、しだいに住む世界にも違いを感じ始める…。
二人は各々新しいパートナーを得て、別々で暮らす決心をし、チェルシーを離れることとなる。
そして1972年10月20日、奇しくもランボーの誕生日に二人は別れた…。
しかし、別れた後も二人の友情は続いていたという。
彼女はあるインタビューで、二人の出会いをこんな風に表現している。

「それは、コルトレーンが亡くなった夏だった。フラワーチルドレンたちが手のひらを広げた夏だった。そして、私がロバート・メイプルソープに出会った夏だった。」


<参考文献『パティ・スミス完全版』パティ・スミス (著)、 東 玲子 (翻訳) 河出書房新社>

<参考文献『ジャスト・キッズ』パティ・スミス (著)、にむらじゅんこ/小林薫 (翻訳) 河出書房新社>

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