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時代おくれ〜バブル景気の真っ只中に阿久悠が見据えていた“日本の姿”とは?

2017.12.17

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一日二杯の酒を飲み
さかなは特にこだわらず
マイクが来たなら 微笑んで
十八番(おはこ)を一つ 歌うだけ

妻には涙を見せないで
子供に愚痴をきかせずに
男の嘆きはほろ酔いで
酒場の隅に置いて行く

目立たぬように はしゃがぬように
似合わぬことは無理をせず
人の心を見つけつづける
時代おくれの男になりたい


1986年(昭和61年)と言えば、日本がバブル景気に突入した年。
そんな時代に河島英五がCBS・ソニー移籍第1弾として発表したのがこの「時代おくれ」だった。
発売当初の売り上げは芳しいものではなかったというが、白鶴酒造のコマーシャルソングに起用され、サラリーマン世代やシニア層に支持された結果、同年の『日本有線大賞』で特別賞を受賞した。
作詞は阿久悠、作曲は森田公一によるもので、二人は1972年にヒットを記録した和田アキ子の「あの鐘を鳴らすのはあなた」を手がけたコンビでもある。
この歌詞について、阿久悠はこんなことを語っている。

「バブル景気に浮かれた社会ではなく、あえてそんな景気に左右されない人たちに目を向けました。しかし、その姿勢は過去ではなくて“その先に来る未来”に向けたものだったんです。」

数年後、株価は市場最高値(3万8,915円)を記録。
都心の地価は一気に3~4倍に高騰。
日本では、多くの企業や個人が“財テク”に狂奔する時代が到来した。
しかし、1990年代に入るとバブル経済は一気に崩壊し、1992年には株価が1万4,309円と63%も下落することとなる。
地価も下落し、それから日本経済は“失われた10年”と呼ばれる長い不況の時代に突
入していく。
阿久悠は、そんな“狂騒の果て”を見越していたかのように、バブル期を振り返りながらこんな発言を残している。

「多くの人が好景気に浮れて自信満々で闊歩していた時代でした。日本が世界一の金持ちということを信じて疑わなかった。それなのに、なぜかそういう人の姿も国の有り様もどこか似合わない感じがしてならなかったんです。人は新しいもの、おもしろいもの、贅沢なものを狂ったように追い求めていました。しかし、そんな時代の空気に疑問を持つ男もいるのではないかと思ってあの曲を書きました。」

発売から5年経った1991(平成3)年、バブル崩壊が少しずつ表面化しはじめた頃に、NHK総合で放送された特別番組『阿久悠 歌は時代を語り続けた』(6月15日放送)で、河島英五が披露した同曲が脚光を浴びる。
同年の9月21日には再リリースされ、年末のNHK紅白歌合戦で唄われることとなる。
阿久悠は、この楽曲があの時期に再注目されたことについて、こんな風に語っている。

「土に埋もれた種子がある時突然芽を出して、芽が出ると大きくなり、大輪の花こそ咲かせなかったが(この曲は)枯れない木になった。」

不器用だけれど しらけずに
純粋だけど 野暮じゃなく
上手なお酒を 飲みながら
一年一度 酔っぱらう

昔の友には やさしくて
変らぬ友と 信じ込み
あれこれ仕事も あるくせに
自分のことは 後にする

ねたまぬように あせらぬように
飾った世界に流されず
好きな誰かを思いつづける
時代おくれの男になりたい



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