「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

TAP the NEWS

ドナドナの真実〜幾度となく迫害されつづけてきたユダヤ人たちの記憶

2018.01.21

Pocket
LINEで送る


荷馬車の上に子牛が一頭
ロープにつながれ横たわってる
高い空…ツバメが一羽
楽しそうに飛び回る


日本では「ドナ・ドナ(またはドンナ・ドンナ)」として知られいるこの悲しげなメロディー。
原曲は1938年に二人のユダヤ人によって書かれたという。(楽曲の出版登録は1940年)
当初、タイトルはイディッシュ語で「Dana Dana (ダナダナ)」と表記されていた。
イディッシュ語とは、現在イスラエルをはじめ世界各地のユダヤ人によって使用されている言葉で、そのルーツは昔フランスからドイツに移住したユダヤ人たちが習得した言語にあるという。

歌のクレジットには、作曲:ショロム・セクンダ(ウクライナ生まれのユダヤ系アメリカ人)作曲:アーロン・ゼイトリン(ベラルーシ生まれのユダヤ系アメリカ人)と記されている。
当時のアメリカは、第二次世界大戦の勝利で経済的にも豊かで世界の中心だった。
それに伴いミュージカル作品も、差別や貧困を克服した新しいアメリカを反映した内容のものが登場するようになり、ニューヨークでは“ブロードウェイ第二黄金期”と呼ばれる時代が到来していた。
そんな中、ミュージカル作品のために曲を書き下ろす作家として頭角を現していたショロムとアーロンは、イディッシュ語劇『Esterke』(1940〜1941年)の劇中歌を作る依頼を受ける。
その歌の歌詞には、牧場から市場へ売られていくかわいそうな子牛の姿が描かれていた。

つながれた哀れな子牛
運ばれて屠殺(とさつ)される
翼を持つ者は高く飛び
誰にも隷属(れいぞく)しない


1956年、時を経てこのイディッシュ語の歌を英訳した作家がいた。
アーサー・ゲヴェスとテディ・シュワルツによって訳された英語歌詞を、当時“フォークの女王”として活躍していたジョーン・バエズが1961年に歌い、世界的な大ヒットを記録することとなる。
曲名が「Dana(ダナ)」から「(Dona(ドナまたはドンナ))に改変されたのは、この英訳時である。
1960年代と言えばベトナム戦争に反発する運動や、アフリカ系アメリカ人公民権運動などの“抗議活動”が盛んだった時代。
この歌は、そんな時代背景の中で“社会派フォークソング”として広く知られることとなる。
一説では「ユダヤ人がナチスによって強制収容所に連行されていくときの様子を子牛に喩えて歌ったもの」とされることもあったが…どうやらこの“結びつけ”には誤解があるようだ。
前述の通りこの曲は1938年に作られ、1940年公開のミュージカルで使用されてたのが初出のため、1942年から始まったナチスによるホロコースト(ユダヤ人のナチス政権とその協力者から受けた迫害および殺戮)と結びつける説明は史実と矛盾している。
しかし、ヨーロッパにおけるユダヤ人排除の歴史はホロコースト以前から存在しており、この歌は現在でも反ユダヤ主義を批判した歌として唄われることがあるという。



この歌は直接的にホロコーストの経験によって生まれたものではなかったが、そこには19世紀後半にポグロム(ユダヤ人がロシア帝国や東ヨーロッパ諸国などで受けた迫害および暴力的な攻撃)によってニューヨークへと移住したユダヤ人たちの歴史が“一つの記憶”として閉じ込められているのかもしれない。
長い歴史を通じて迫害を受けてきた“彼らの記憶”が、このような悲しいメロディー生み出したのだろう…

牛は泣いている 農夫が言った
牛になれと誰が言った?
鳥になれなかったのか?
ツバメになれなかったのか?


この部分の歌詞で農夫が子牛を問い詰める。
「牛になれと誰が言った?」「ツバメになれなかったのか?」
哀れな子牛に対する農夫のセリフを通して“運命の残酷さ”と“抗いようのない現実”が強調されている。
サビの部分で何度もリフレインされるこの“ドナ・ドナ”という言葉は一体何を意味するものなのだろう?
単に歌の調子をとる囃子詞(はやしことば)ではないことは明確だ。
ユダヤ人が牛を追うときに使う言葉なのだろうか?
それとも彼らの古い言葉で神を意味するものなのだろうか?
その真相は未だに解明されていないという。
もしも“ドナ・ドナ”が神を意味するのだとしたら…迫害を受けながら何度も何度も神に救いを求めたユダヤ人たちの“心の叫び”と理解できるだろう。

「ドナ・ドナ…神よ神よ…」


<引用元・参考文献『世界の愛唱歌』長田暁二(ヤマハミュージックメディア)>



Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[TAP the NEWS]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ