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パティ・スミスとチェルシーホテル 後編

2018.07.08

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「赤貧のギタリストたち、文無しの映画監督、ドラッグ中毒の美女たち、ジャンキー詩人、フランスの俳優たち…ここを通り抜けた人は皆、何者かではあるのだ。たとえ、このホテルの外では無名でも。」(パティ・スミス)

1883年に造られたこの建物は、当初は共同アパートとして使われていた。
ホテルとなったのは1905年のこと。
以来、無名の芸術家や世間の生活習慣などを無視して放浪的な生活をするボヘミアンたちに愛され、小説、映画、音楽等々を巡る数々の神話がこのチェルシーホテルを舞台に生まれた。
アーサー・C・クラークが『2001年宇宙の旅』を書き、映画化にあたってスタンリー・キューブリックが彼を訪ねてこのホテルにやってきた。
ボブ・ディランが「ローランドの悲しい目の乙女」を書き、レナード・コーエンが「チェルシー・ホテル#2」を書いた。




パティ・スミスが盟友ロバート・メイプルソープと一緒に住んでいたのもこのホテルだった。
様々のアーティスト達が“たまり場”としていたこの歴史的ホテルでの数々の出会いが、アーティストとしての彼らを形作ったのだった。
アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バロウズ、サルバドール・ダリ、ジャニス・ジョプリン、ジミ・ヘンドリックスといった人間との交流が二人を大いに刺激した。

「チェルシーホテルでの出会いで、私たちに最も大きな役割を果たしてくれたのは、サンディ・デイリーだったわ。彼女は濃厚なアーティストで、私たちと同じフロア1009号室に住んでいたの。その部屋の壁は真っ白で、床も真っ白だったわ。部屋に遊びに行く時はいつも靴を脱いで入ったの。ヘリウムで膨らんだ銀色のクッションボールが頭上に浮かんでいたわ。白い床に裸足で座り、コーヒーを飲み、彼女の写真集を見せてもらった。シンプルでエレガントな写真を撮っていた彼女は、いつも片手にポラロイドを持っていた。ロバートに最初のポラロイドを貸したのは他ならぬ彼女であり、ロバートの初期の作品に関して貴重なアドバイスを与え、自信を与えてくれたのも彼女だったの。」

また、パティは同じ“チェルシーの住人”でもあった(現在は俳優としても知られる)劇作家のサム・シェパードから戯曲の共作を依頼されたりして、徐々に活動を活発化させる。
1971年、アンディ・ウォーホルの初期共同制作者であるジェラルド・マランガの、セント・マークス教会での朗読会の前座として出演することとなった彼女は、すでに知り合っていたギタリスト(当時はレコード屋の店員をやりながら音楽評論を書いていた)レニー・ケイのエレクトリックギターに詩を乗せてポエトリーリーディングを行い、詩人としての一歩を踏み出したのだ。


──ある日、こんな出来事もあった。
年中ツアーに出かけていたジャニス・ジョプリンが、数ヶ月前に雨天中止になったセントラルパークでの野外コンサートの振り替え公演のためにニューヨークに戻ってきた。
その頃のジャニスは、どこへ行くにもピンクと紫の羽毛の襟巻きをして、まさに“スター”と呼ぶにふさわし風貌だったという。
コンサートを大成功に終え、その夜の打ち上げパーティーの間、ジャニスは好みのハンサムな男とべったりだった。
ところがパーティーが終わる頃、その男が取り巻きの中にいた美人な女の子と何処かへ消えてしまったのだ。

「いつもこんなことばっかり!くそ!今夜もまた独りだわ!」

酒に酔い、泣きじゃくっていたジャニスに付き添っていたボビー・ニューワースが、同席していたパティに耳打ちをしてきた。

「君もチェルシーなんだよね?彼女を部屋まで一緒に送り届けてくれない?」

ボビーと言えば、初期の頃のボブ・ディランに対して、音楽面においても強い影響力を与え、ディランのマネージャーもやっていた男で、ジャニスが歌ったことで有名な「Mercedes Benz」の作者でもある。

「私はジャニスを部屋まで連れて行き、不幸を嘆く間しばらく一緒に座っていたわ。彼女は少し落ち着いて…帰る前に、彼女のためにちょっとした歌を作って唄ってあげたの。」

私は必死に働いてきた
私がどれだけ価値があるか世界に見せつけるために
ああ、夢など一度も見たことがないの
夢を見なきゃ
世界、それは写真が回る風車のよう
人々が笑うなら私も笑うのが好き
人でいっぱいの劇場は
こぼれ落ちるくらい愛でいっぱいなのに…
それなのに…ベイビー
人々が家路に着き
自分が一人だと気づくとき
私はどうしても信じられない
あなたを犠牲にしなきゃならなかったなんて…


「それあたしのことよ。あたしの歌だわ。」

ジャニスは言った。
そしてパティが部屋を去ろうとした時、ジャニスは鏡を見て羽毛の襟巻きを直して一言。

「ねぇ…どう?」

パティは彼女を見つめながらこう答えた。

「真珠(パール)みたい。あなたは女の子の中の女の子、まさに真珠だわ。」


──そんな日々が続く中、ゲイという自分のセクシャリティに気づき混乱し始めたロバートが彼女にこんな提案を切り出してきたという。

「サンフランシスコに一緒に来てくれないか?あそこには自由がある!自分が誰なのか見極める必要があるんだ!」

当時のサンフランシスコはヒッピーの聖地であると共にゲイカルチャーのメッカでもあった。
ロバートが同性愛に目覚めた時に、パティは正直な気持ちを吐露した。

「それは今まで文学の中にしか存在してなかったから、どう受け止めたら良いか戸惑ったわ。」

彼に同性愛的な写真を撮るように勧めたのは彼女だったという。
お金がないのに“そっち向けの雑誌”を買っては、大した写真が載ってなくてがっかりしたりしてたロバートに対して彼女はこんな言葉をかけたという。

「それなら自分で自分の写真を撮ってみたら?」

その後、深く魂のレベルで繋がっていたはずの二人は、しだいに住む世界に違いを感じ始める…。
二人は各々新しいパートナーを得て、別々で暮らす決心をし、チェルシーを離れることとなる。
そして1972年10月20日、奇しくもランボーの誕生日に二人は別れた。


──2011年の夏、チェルシー・ホテルが創業100年を越える歴史に幕を降ろすというニュースが流れた。
かねてから経営難が噂されていたが、ついにデベロッパーに買収されて実質的な閉鎖となった。全250室あるホテルには現在100名の「住民」がいて、彼らは引き続きそこに住む事が許され、新たな宿泊予約は受け付けておらず、今後は高級ホテルかマンションとして改装されるという。

<参考文献『ジャスト・キッズ』パティ・スミス (著)、にむらじゅんこ/小林薫 (翻訳) 河出書房新社>

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