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チャック・ベリー少年時代②〜人生を変えたトミー・ドーシーの一曲、ジュークボックスの思い出、初めて触れたギター

2018.11.25

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チャック・ベリー。
ロックが好きならば、彼の名を知らない人はいないだろう。
ボ・ディドリーやリトル・リチャードと並び“ロックンロールの創始者の一人”として知られている人物だ。
ビートルズのジョン・レノンが「ロックンロールに別名を与えるとすれば“チャック・ベリー”だ」と発言しているほど、後進のロックアーティストたちに多大な影響を与えてきた彼。
そんなロックンロール史上最大のレジェンドが、幼い頃ににどんな日々を過ごしていたのか?どんなきっかけで音楽と出会い、ギターを弾き始めたのか?
彼の少年時代、青春時代のエピソードをご紹介します。


音楽への興味が増すにつれて、今度は彼の中で“性”への目覚めが起こってくる。
彼は自身が12歳だった頃を振り返ってこんな思い出を語っている。

「おしべとめしべの世界から人間の男と女の世界に好奇心を持ち出した元気盛りの12歳だ。可愛い女の子のそばにいる時の興奮は、手を握ったりキスをすたりするだけではおさまらない。女の子と“行為”を行なうことで頭がいっぱいになる。何よりもガールフレンドが死ぬほど欲しかったよ。だけど当時の俺は内気で、恥ずかしくて女の子とまともに口をきくこともできなかったんだ。」


その頃、彼の一つ歳上の姉(ルーシー)が真剣に歌に取り組み始めたという。
彼女は“100年に一度の美声”と称された黒人クラシック歌手の先駆者マリアン・アンダーソンの再来などとも言われていた。
ルーシーの歌の上手さは学校でも地元の町でも評判となり、両親からも特別あつかいされるようになる。
ベリー家にあったピアノを弾く優先権を持っていたのは、クラシックをピアノの弾き語りで歌うルーシーだけだった。

「好きなブギウギを弾きたくてうずうずしている俺にはめったにチャンスは巡って来なかった。ブギウギとスイングを聴いてからは、俺はビートのない音楽を聴く気にはなれなかったんだ。マディ・ウォーターズ、Tボーン・ウォーカー、ナット・キング・コール、タンパ・レッド、ビッグ・メイシオ、ロゼッタ・ソープ…俺が好きだったのは皆イーストセントルイスの黒人ラジオ局の番組で聴いたアーティストだった。」


そんなある日、姉のルーシーが買っきた白人トロンボーン/トランペット奏者トミー・ドーシーのレコード「Boogie Woogie」を聴いた瞬間、彼は一気に魅せられたという。

「あの一曲が俺に音楽の道を選ばせたんだ!」




学生時代の彼の楽しみは、なんと言っても昼休みだった。
ある日、彼が通っていたシモンズ・グレイド・スクールの校舎の目の前にサンドイッチ屋がオープンした。
お昼どきになると生徒達が押し掛け、サンドイッチをほおばってコーラで流し込み、店内に設置してあるジュークボックスにコインを投げ込んで数十分間音楽に合わせて踊っていたという。

「店は毎日粋な連中でごった返していたよ。カウント・ベイシーの“One O’ Clock Jump”、グレン・ミラーの“In The Mood”などで盛り上がっていたよ。女の子に接近してダンスに誘うには絶好の場所だった。だけど内気な俺はキスすらできなかった。」




1940年、14歳になった彼はとうとうギターを手にすることとなる。
仲良しの同級生の父親が使わずにしまっていた四弦のテナーギターを借りたのが最初だったという。
初めて触れるその不思議な楽器に魅せられた彼は、できるだけたくさんの曲を演奏できるようになるために、一日何時間もギターを弾きながら歌う練習を繰り返した。
最初の練習曲はブルースのスタンダードナンバー「Worried Life Blues」と「Going Down Slow」だった。



「ギターの音色の虜になった俺は、弦の音色に比べると自分の声が貧弱に思えて“歌わない方がいい”と思うようになったんだ。結果的に歌の上達よりもギターのピッキングとコードを押さえる技術の方が先行して上手くなった。自分では“プロミュージシャンとして通用するだろう”と過信してたところもあった。まぁでもそんな将来の展望よりも、あの頃は“ギターが弾ける”という喜びで十分満足していたんだ。」


翌1941年、15歳になった彼は戦争が始まった瞬間をリアルに体験することとなる。

「ある日曜日の午後、俺は近所の家でピアノを弾かせてもらっていたんだ。突然ラジオからルーズベルト大統領の声が流れ始めて“日本と交戦状態に突入した”と発表されたんだ。戦争の話には慣れっこだったから、別に驚きもしなかったよ。大統領は“日本帝国が真珠湾を爆撃し、現在炎上中である”と言った。俺が徴兵されるには3つ歳が足りなかった。あの時もしも18歳だったら、確実に戦地に行かされてただろう。俺はラジオのスイッチを切って、ピアノで練習中だったブギウギを弾き続けた。」


そんな高校生活をおくる中、彼はしだいに不良仲間に影響され様々な悪事に手を染めて警察のお世話になったことも数多くあったという。
17歳の時に少年院に送られ、3年後に釈放。
その翌年にトディという女性と結婚し、GM(ゼネラルモーターズ)の工場で働きながら音楽活動をスタートさせる。
“ロックンロールの創始者の一人”として知られている彼がエレキギターを手にするのは…まだ先の二十代中頃のことだった、


<参考文献『チャックベリー自伝』チャックベリー(著)中江昌彦(訳)音楽之友社>

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