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KISS結成物語①〜ポール・スタンレーとジーン・シモンズの曲作り期間

2019.09.15

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【Introduction〜ポール・スタンレー】

1964年2月、12歳になったばかりの彼はTV番組『エド・サリヴァン・ショウ』でビートルズの洗礼を受ける。

「彼らが歌う姿を観て、俺は明確な目標を立てたんだ。俺も有名になり、尊敬され、憧れられ、あるいは嫉妬の的となる。こんな冴えない毎日から抜け出すための切符は“これしかない!”ってね。」


彼はそれまでギターを弾いたことなど一度もなく、当然曲を書いたこともなかった。
なんの根拠もないまま、彼はロックアーティストになるという目標を打ち立てたのだ。
1970年、18歳になった彼は商業デザイナーになるため通っていた、ニューヨークのハイスクール・オブ・ミュージック&アートを卒業。
アートカレッジに進むも…その頃の彼は、すでに「俺はロックスターになる!」と断言しており、美術に対する興味を失っていたため1週間で自主退学をする。
同年、ジーン・シモンズのバンドWicked Lesterに加入し、プロミュージシャンになることを目指して邁進し始める…



【Introduction〜ジーン・シモンズ】

1964年2月、当時14歳だったジーン・シモンズもポールと同じ日に同じ番組を見ていた。
ビートルズとの遭遇。
それはポールと同じく、彼にとっても人生を大きく変える出来事だった。
彼はその日のことを鮮明に憶えているという。

「日曜日の夜だった。俺は母の手作りのハンバーガーにかぶりついていた。エド・サリヴァンショーに登場したおかっぱ頭の4人組。話す英語に奇妙な訛りがあった。彼らが歌い出した瞬間に沸き起こった歓声は、爆撃のような音量だったよ! 凄まじい土石流のように、ビートルズのパワーが押し寄せてきたんだ!」


1968年、19歳になった彼は、ニューヨークのサリバンカウンティ・コミュニティ・カレッジで学びながら様々なバンドに参加する。
1970年からリッチモンド・カレッジの教育課程で学び、卒業後はマンハッタンの小学校で国語教師として教壇に立つ。
並行してバンド活動も続けており、1970年代初頭には音楽教師のブルック・オストランダーと共にプロ契約を目指す新しいバンドWicked Lesterを結成。
バンド仲間を通じて知り合ったポール・スタンレーが参加し、1枚のアルバムをレコーディングしたが…完成した内容に(特にジーンとポールが)納得できず、プレスまでしたレコードを廃棄することとなる。
1972年の夏、ジーンはポールと共にWicked Lesterを脱退。
彼らは新バンド結成に向けて新たな一歩を踏み出してゆく…










Wicked Lesterを脱退した二人は、まず自分たちが進みたい方向性について話し合った。
二人の意見は一致した。

「音楽面とビジュアル面が上手く結びついた“新しい野獣”を造り出したい!」


それらを実現させるために、一種の目標となるものが必要だと二人は考えた。
まず、ポールがジーンにプリティ・シングスのコンセプトアルバム『S.F.Sorrow』を聴かせ、当時お気に入りだったバンド、スレイドやザ・ムーヴの魅力を語った。





「俺が最初に思い描いたのは、ドラマーもベーシストもギタリストも二人ずついるバンドで、ザ・ムーヴのロイ・ウッドがエレクトリック・ライト・オーケストラを脱退した後に結成したウィザードで目指したような巨大な音の壁を作り上げるロックオーケストラのようなものだった。レッド・ツェッペリンは大好きだったが、俺たちには彼らのように1つの曲を即興で15分もあるものに引き伸ばす能力はない。あんなことをするためには、膨大な音楽のボキャブラリーが必要だからね。」(ポール・スタンレー)


彼らは数週間ものあいだアコースティックギターを抱えて向かい合うように座り、曲作りに励んだ。
彼らは「100,000 Years(10万光年の彼方)」や「Deuce」「Strutter」など、後にKISSの1stアルバムに収録される曲たちを書き上げていった。
当時彼らの作る曲は、コードを基本としたものがほとんどだった。
その理由は、リフをプレイする能力に限界があったからだという。
フレーズや音をどう並べるかは、ジーンの方がよく理解していた。
「Black Diamond」では、ジーンがコードに対位するバックリフを加えた。


二人は曲に関しても歌詞に関しても互いにアイディアを出し合った。
時に意見がぶつかり合うこともあったが、共通の目的に向かって作業をしているという感覚があったので、難航することはなかったという。
彼らは効率よく、そして計算高く作業を進めていった。
その日に何となく思いついたものに手をつけるのではなく、自分たちのバンドのコンセプトに合う楽曲を意識的に作っていたという。

「俺はワクワクしていたよ。俺たちは成功への基礎固めを着実に行なっていたんだから。魅力のある強力な楽曲を集めていく作業はとても充実したものだったよ。」


彼らは楽曲を書き上げていく一方で、音楽以外の面においても“あるべき姿”を目指していった。
まず、二人は意識的に体重を減らそうと決めた。
そして生まれ変わるためのステージネームを考えた…


<引用元・参考文献『ポール・スタンレー自伝 モンスター 仮面の告白』ポール・スタンレー(著)ティム・モア(著),増田勇一(監修)迫田はつみ(翻訳)/ シンコーミュージック>

<引用元・参考文献『KISS AND MAKE‐UP―ジーン・シモンズ自伝』ジーン・シモンズ(著)大谷淳(翻訳)/シンコーミュージック>



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