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ボブ・ディランが描こうとした「聖と俗」「空と色」。そして「彼女」の正体は?

2015.11.05

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♪ 人々は手に薔薇を携え
  時間ごとに誓いを立てる
  我が愛する人
  彼女は花の如く微笑む
  ヴァレンタインでは
  彼女の心は買えないのだ ♪


ボブ・ディランが、禅に没頭する恋人サラのために書いたといわれる「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」。

ディランは、「沈黙の如く語る」彼女について、世俗的な愛とは無縁だと説明します。
ヴァレンタインのプレゼントが世俗的な愛情表現のたとえです。
それに対して、彼女自身が花の化身であるかのように表現されています。
世俗的な贈り物で愛の心が買えないことは、この曲が発表される1年前、ビートルズが歌っています。

♪ 僕の愛は金じゃ買えないのさ ♪


「キャント・バイ・ミー・ラヴ」の有名なリフレインですね。
1960年代は今ほど貨幣経済が生活に侵食してはいませんでしたが、人の道具であったはずのお金が、逆に、人を支配し始めていることを当時の若者たちは切々と感じていたのでしょう。

しかし、次に続く「彼女は花の如く微笑む」は、プラトンを思わせる一節です。
この世とは、イデア(理想の語源です)世界の劣化コピーである、とプラトンが考えたように、ここでディランは、人が花屋で買う薔薇よりも、彼女自身が花の美しさの本質を備えている、と言っているかのようです。

そして歌詞は、更に世俗的な人間社会を描写していきます。

♪ 10セント・ストアで、バス停で
  人々は情勢について語り合い
  本を読んでは、引用を繰り返し
  結論を壁に塗りたくる     ♪


政治について、社会問題について、1960年代は今以上に議論の多い時代でした。
しかし、とディランは言っています。その議論の元になっているのは本に書かれていることや、テレビで述べられていることの受け売りに過ぎないのだと。
そしてその結論は、壁の落書き同然なのだと言うのです。
落書き、で思い出すのは、やはり1年前の1964年にサイモン&ガーファンクルが歌った「サウンド・オブ・サイレンス」です。

♪ そして人々たちは頭を垂れ
  自分たちが造ったネオンの神に祈った
  そしてネオンが形作る言葉で
  警告の光を発した
  そのネオンサインにはこう書かれていた
 「予言者の言葉は地下鉄の壁と
  安アパートに書かれてある」と ♪


「サウンド・オブ・サイレンス」の歌詞に呼応するように、ディランはこう歌います。

♪ 未来を語る者もいる
  だが、我が愛する人
  彼女は優しく語る
  失敗ほどの成功はなく
  成功とは失敗では
  ありえないのだ、と ♪


ここでまた、禅問答のような歌詞が登場します。
「失敗ほどの・・・」とは、どういう意味なのでしょうか。
この歌詞を書いた時点で、ディランの頭には「ライク・ア・ローリング・ストーン」のモチーフがあったのでしょう。
転がり続ける石。それは止まることなき流転です。
同じ形で止まらないこと。仏教ではそれを「無常」=常ではない、と言っています。
失敗、と今、見えるものは、仮に成功と規定することへの道程です。そこには、間違えていたことを修正して、次に進もうとする未来があります。しかし、成功といった瞬間、転がり続ける石は止まってしまいます。



ところで、この禅問答のような言葉を優しく語る彼女とは、一体誰のことなのでしょうか。
世俗を超えた聖なる人。その人の正体を知るには、「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」が収録されているアルバム『ブリング・イット・オール・バック・ホーム』を聴かなければなりません。
このアルバムの中に「シー・ビロングス・トゥ・ミー」という作品が収録されています。この曲の中に

♪ 彼女は芸術家
  彼女は振り返ったりしない ♪


という歌詞が出てきます。
ドキュメンタリーフィルム「ドント・ルック・バック」は、この「振り返ったりしない」という歌詞からとられているのですが、この曲に登場する「彼女」と「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」の「彼女」が、オーバーラップして聴こえてくるのです。

「振り返らない」ということは、過去にとらわれない、ということです。それは、転がり続けることでもあります。
だからこそ、次のような歌詞が続きます。

♪ 彼女は夜から暗闇を取り出し
  昼を黒く塗りつぶすのだ   ♪


時をも司る彼女。その彼女の姿を、歌詞は追います。

♪ 君は立ち上がり
  彼女が観るものを
  誇らしげに盗もうとする
  君は立ち上がり
  彼女が観るものを
  誇らしげに盗もうとする
  だが結局は
  跪き
  彼女の鍵穴から覗き込むだけに
  終わるのだ ♪


ここでようやく、彼女の正体が明かされます。
彼女は、観る者、なのです。
それは古代エジプトの智慧の目であり、般若心経の冒頭に登場する観自在菩薩なのでしょう。



11月11日には、「ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット」も収録されたディランの最新ブートレッグ・シリーズ『カッティング・エッジ』が発売されます。

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次回は、その中にも収録され、フォーク・ソングに執着する古いファンへの別れの歌ともいわれる「イッツ・オール・オーバー・ナウ・ベイビー・ブルー」を紐解いてみたいと思います。

ボブ・ディラン『ザ・ベスト・オブ・カッティング・エッジ1965-1966』
Sony

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