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「ローリング・ストーン」(転がり続ける石)となる強い決心

2015.11.19

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♪ ハイウェイはギャンブラーのもの
  感覚を使うのさ 
  偶然、集めたものを
  手にしていくがいい      ♪


「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」の冒頭で、ディランは、現在の主人公を<空=無常を知るもの>、過去の自分を<無常を知らず、目の前の色=現象に執着するもの>と区分したのだというお話をしました。
詳しくはこちらのコラムで
その後も、ディランは過去の自分に対して語りかけます。

因縁生起。原因があって物事が起こる、というのが仏教の教えです。しかし、一般の人間はそのルールを知りません。だから、ギャンブラー同然だというのです。
必然的に起こることも偶然の出来事だと思い込んできた昨日までの自分に、嫌味たっぷりにディランは言い放ちます。

♪ 君の街の手ぶらの画家が
  シーツに狂ったような模様を書いている ♪


仏教では物だけでなく、思いのことも「色」と呼びます。
本来は「空=無色透明」なものを、人が勝手に<キレイVSキタナイ><好きVS嫌い>と色づけていきます。
その色づけ作用が意識の下に蓄積され、自我というものを形成していく、という考え方をします。
筆も持たぬ画家、というのは、日々刻々と色づけ作業を続ける人の心のことでしょう。

ところで、この「イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー」が収録されているアルバムのタイトルは『ブリング・イット・オール・バック・ホーム』です。

 全部家へ持ち帰れ

といった意味ですが、アルバム・タイトルはこのシングルの歌詞から取られていると考えるのが自然でしょう。
永遠だと思うものがあるなら、今すぐそれを手にここを去って家へ帰れ!というのがディランのメッセージです。

もちろん、ディランは永遠のものなどない、と考えているわけです。そして家へ帰るのではなく、転がる石のように(ライク・ア・ローリング・ストーン)、遊行僧のように生きていこうという立場です。



だからこそ、次のような歌詞が続きます。

♪ 船酔いの船乗りたちは
  家へ向かって船を漕ぎ出した
  トナカイの軍隊たちも
  みんな家路へ向かってる  ♪


家路へ向かう者たちの、何と悲惨なことでしょう。
船乗りが船酔いしていては使い物になりません。
「トナカイの軍隊」というのは、おそらく20世紀を代表するアメリカの詩人の1人、W.H.オーデンの「ローマ帝国の没落」の一節からとられているのでしょう。

古い家には帰らない。
その思いは、歌の最後でもう一度、強調されるのです。

♪ 放蕩者が君のドアを叩いてる
  君が着ていた服を着て立っている ♪


「放浪者」は、古い家に帰らないと誓った新しい自分です。

♪ マッチをもう一本すって
  新しく始めよう
  もう、すべては終わったのさ
  ベイビー・ブルー     ♪


古い家に戻りたい者は、「自分」の大事だと思うものを手に、船酔いの船乗りのように家路を目指すがいい。ディランはそういう意味をアルバム・タイトルに込めたのでしょう。
そして彼自身は、転がる石のように、家を捨てて旅に出ることを決めたのです。



では、ディランは聖者になって、手の届かない世界へ旅立ってしまったのでしょうか。
答えは、否、です。東洋思想を駆使して、そして悟りきった男のように新しい世界観を提示したディランですが、彼はまだまだ俗社会の中でもがいていました。

次回は、伝説のピンナップガールとの短いロマンスを歌ったとされる「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」を紹介します。


Bob Dylan『Bringing It All Back Home』
Sony

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