TAP the ROOTS

イーグルスのソング・ライティング・チームが誕生した瞬間

2016.01.28

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「父親と祖父と、よく一緒にラジオに耳を傾けたものさ」

ドン・ヘンリーが幼い頃を振り返ったのは、2015年、ロサンジェルス・タイムスのインタビューでのことだった。
彼が生まれ育ったのは、テキサス州北東部、ルイジアナ州との国境に近い土地だった。

家族で聴いていたラジオ番組の中でも、「ルイジアナ・ヘイライド」は特別だった。それはKWKH局の番組で、ルイジアナ州シュリヴポート発の音楽プログラムだった。
「ヘイライド」とは、ヘイ=干し草を積む荷台に沢山の人間が乗って出かけたことからできた言葉だ。
1948年に始まった番組はその年、ハンク・ウィリアムスを放送デビューさせ、6年後には同じステージにエルビス・プレスリーという名の青年を立たせ、音楽の歴史を変えた。

elvis-presley

ドン・ヘンリーの家にはピアノがあった。
「母親がピアノを弾いたんだ」と、彼は語っている。
「彼女の弾き方はいわゆる、ゴスペル・スタイルだった。小さな頃、私も習ったが、長くは続かなかった」

母親のピアノとともに、彼の記憶に残っているのは祖母の姿だ。彼は、肘掛け椅子に座り、フォスターの歌を口ずさむ祖母の姿をよく覚えていた。
「スワニー河」や「ケンタッキーの我が家」といったアメリカの旧き良き歌である。

「デスペラード」を聴いた瞬間、ビリー・ジョエルは「フォスターだ!」と思ったという。
フォスターとは“アメリカ音楽の父”とも呼ばれるスティーヴン・フォスターのことだが、ドンは微笑みながらそのことを認めている。
「ああ、オマージュだよ」
だが、この名曲は、ドン・ヘンリーひとりで書き上げたものではない。

19世紀後半にその名を轟かせた強盗団<ダルトン・ギャング>をモチーフに、ドンが曲を書こうと思いついたのはまだ60年代後半のことだ。
後に「明日に向かって撃て」のモデルともなる強盗団をモデルにしたこの歌は、「デスペラード」(ならず者)と題された。

♪ ならず者
  正気に戻ったらどうだい?
  君はフェンスに昇り
  ずっと光だけを探してきたのさ ♪


歌いたいことはわかっていた。
それはドン・ヘンリーが一生をかけて問うていくことになるテーマだった。

♪ ダイヤのクイーンを引くんじゃないぜ
  その気になれば、彼女は君をぶちのめす
  いつだって最良のベットは、ハートのクイーンさ ♪


トランプのカードに託して、ドンが書こうとしたメッセージは明瞭だ。
金のメタファーであるダイヤではなく、ハートを選べ、ということである。
だが、なかなか歌はうまくまとまった形にはならなかった。

「この曲をもう何年も温めてきたんだが」と、ドンはある日、グレン・フライに打ち明けた。

「イメージとしては、レイ・チャールズが歌うフォスターの曲。サザン・ゴシックの世界なんだ」

その瞬間から、ドン・ヘンリーとグレン・フライは、レノン&マッカートニーのようなソング・ライティング・チームとなった。

♪ ならず者
  正気に戻ったらどうだい?
  フェンスから降りてきて門を開くのさ
  雨が降っているからも知れない
  でも、君の上には虹が出ている
  誰かに愛してもらうんだ
  手遅れにならないうちにね     ♪


「デスペラード」は、リンダ・ロンシュタットがレコーディングしたことにより、圧倒的な知名度を得る。
だが、イーグルスはこの曲を何故か、シングル・カットしなかった。
そのためか、この曲をアルバムの最後に収録したベスト・アルバムは空前の売れ行きを示し、彼らの代表曲のひとつとなったのである。



Eagles『Desperado』
ワーナーミュージック・ジャパン

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