TAP the ROOTS

ポール・サイモンと聖書とセックスをめぐる物語

2016.06.23

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隣の部屋のカップルは
何かの賞でも獲るつもりなのか
一晩中、頑張っています
僕は何とか眠りにつこうとしたのですが
このモーテルの壁は薄いのです
リンカーン・ダンカンが僕の名前
そしてこれは僕の歌なのです

サイモン&ガーファンクル解散後、1972年に発表されたポール・サイモンのソロ・アルバム『ポール・サイモン』に収められた「ダンカンの歌」は、「コンドルは飛んでいく」同様、ロス・インカスがバックをつとめていることもあり、牧歌的な響きがする。
だが、その歌詞は冒頭から、セックスを扱っている。そう、これは主人公が童貞を失う歌なのである。


父さんは漁師で
母さんは漁師の友人でした
そして退屈とチャウダーの中で生を受けた僕は
思春期になるとマリタイムの家を出て
ターンパイクでニューイングランドを目指したのです
夢のニューイングランドへ

海辺の田舎町からニューイングランドへやってきた主人公だが、すぐにその夢は崩れていく。


僕の自信には穴が開き
ジーンズの膝にも穴が開き
ポケットにはペニー硬貨もありませんでした

そんな絶望の中、主人公はひとりの少女と出会う。


駐車場にいた若い女の子が
群集に説教をしていました
聖歌を歌い、聖書の一節を読んでいたのです

主人公の相手は、聖書を手にした彼女、である。


迷子なんです、と僕は彼女に言い
彼女は僕にペンタコスト(聖霊降臨祭)について
話してくれました
僕には彼女が生きていくための道のように
思えたのです

そして主人公はその夜、彼女のテントに夜這いをかけるのだ。


僕の長き童貞の日に別れを告げたのです
彼女は僕を森に連れ出し
こうすると気持ちがいいの、と言いました
そして犬のように、仲良く、仲良くしたのです



さて。。。
果たして、「ダンカンの歌」は、ナイーブな少年が童貞を捨てる歌なのだろうか。
「愛しのセシリア」がそうであったように、この彼女こそ、ポールにとっての歌の女神、セシリアではないかと僕は考える。
そうすると、ポール・サイモンが歌詞の中に仕掛けた様々な言葉が意味をもってくるからだ。

まず、聖霊降臨祭、である。
イエスの復活・昇天後、集まっていた信徒たちの上に聖霊が降った出来事を記念する祝祭日。ポール・サイモンにはセシリアという歌の聖霊が降った、のだろう。

pentecoste

そんなふうに考えていくと、生い立ちに関する描写も気になってくるのである。


父さんは漁師で
母さんは漁師の友人でした

もちろん、この歌はポール・サイモンの生い立ちとは無関係である。では何故、ポールはこの歌の主人公の父親が漁師であることにこだわったのだろうか。
童貞を捨てようとしている主人公の親が漁師であろうが大工であろうが、関係ないはずである。
でも、漁師でなければならなかったのだろう。
そこで思い出すのが、聖書の一節である。

4:18さて、イエスがガリラヤの海べを歩いておられると、ふたりの兄弟、すなわち、ペテロと呼ばれたシモンとその兄弟アンデレとが、海に網を打っているのをごらんになった。彼らは漁師であった。
4:19イエスは彼らに言われた、「わたしについてきなさい。あなたがたを、人間をとる漁師にしてあげよう」。
4:20すると、彼らはすぐに網を捨てて、イエスに従った。


first_disciples_of_jesus

「マタイによる福音書」で、イエスが最初の弟子をとる場面である。
その名は、シモンとアンデレ。シモンは英語読みをすると、サイモンである。そしてこのシモンは何故か本名ではなく、ペテロというニックネームで呼ばれたというのである。ペテロは岩、という意味だ。


僕は岩です
アイ・アム・ア・ロック

サイモン&ガーファンクル時代の名曲「アイ・アム・ア・ロック」である。
歌の聖霊は、ポール・サイモンに何を歌わせようとしたのだろうか。
次回は、幽体離脱の話である。

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