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ポール・サイモンがバッハのメロディに乗せて歌ったアメリカの姿

2016.06.30

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誤解されること数知れず
途方に暮れること数知れず
そして、しばしば見捨てられたように感じ
確かに、誤用されてきた
でも、いいのさ
いいんだよ
骨の髄まで疲れただけさ
今でも賢く、美意識を求めるなんて
できやしないのさ
家から遥か遠くに来てしまったのだから
家から遥か遠くへとね

ポール・サイモンが1973年に発表したアルバム『ひとりごと』に、この「アメリカの歌」は収められている。伝統的なメロディーに歌詞を乗せることの多いポールだが、この曲のメロディーはバッハの「マタイ受難曲」の中で使われたコラールである。



コラールは、ルター派教会で歌われてきた賛美歌。ドイツの作曲家ハンス・ハスラーが発表していた曲に、パウル・ゲルハルトが訳した詩(オリジナルはベルナールが書いた「十字架にかかりて苦しめるキリストの肢体への韻文の祈り」である)をのせて完成させた「血しおしたたる」を、バッハは「マタイ受難曲」に採用したのである。
そしてそのメロディーを借りて、ポール・サイモンは重々しい歌詞をのせたということになる。

1970年代初頭、アメリカは疲れ果てていた。
かつての理想からは遠くかけ離れた現実のアメリカ。
この歌を2008年、大統領選挙のテレビ・コマーシャルに使ったのが、バラク・オバマである。

アメリカは悩んでいた。


それでも、僕らの旅路を思う時
何を間違えたのだろう、と思ってしまう
何がいけなかったのだろうと思ってしまうのさ

再生を願い、祈るアメリカの姿がそこにある。
そして、十字架にかかり死に、再生したイエス・ギリストのイメージがそこに重ねあわされるのである。
だからこそ、歌の主人公も、死を体験することになる。


死んでいく夢を見た
夢の中、僕の魂は不意に体を離れ
見下ろすとそこには
元気づけるかのように微笑む僕がいた
そして僕は空を飛ぶ夢を見た
空高く舞い上がった僕にはしっかりと見えた
自由の女神が
海原遠く旅立っていくのを
そう、僕は飛んでいる夢を見ていたのだ

アメリカの象徴である自由の女神が、アメリカを去っていくというイメージは、アメリカの死を意味するのだろう。
そして、死を前にして、人がその一生を振り返るように、歌はアメリカの歴史を思い返すのだ。


僕らはメイフラワーという名の船に
乗ってこの地に向かい
月へと向かう船に乗り
今、これまでにない不確実な時代を迎え
アメリカの歌を歌っている
でも、いいのさ
いいんだよ
永遠に祝福されるはずもない
また明日になれば仕事が待っている
僕は休みたいだけさ
僕はただ、休みたいだけなのさ




Paul Simon『There Goes Rhymin’ Simon』
SMJ

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