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「かもめのジョナサン」から知る「Be」という言葉の可能性

2017.04.12

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 1972年。ロサンジェルスのグリーク・シアターで行われた10回のライブを完売させたニール・ダイヤモンドは、その模様を2枚組ライブ・アルバム『ホット・オーガスト・ナイト』として発売した。この作品は全世界で大成功を収めたが、中でもオーストラリアでは29週間連続ナンバーワンを記録するほどだった。



 そんな絶頂期、彼はMCAレーベルからコロムビア・レーベルに移籍する。そしてコロムビアはニールにひとつの企画を持ち掛けた。1973年に公開が予定されていた映画「かもめのジョナサン」の主題歌とサウンドトラックのオファーだった。
「かもめのジョナサン」は1970年に出版された本を映像化した作品だ。「かもめのジョナサン」は、ヒッピーたちの間で口コミで広がっていき、ニールが大成功を収めた1972年には、ニューヨーク・タイムスのベストセラー・チャートで38週間も1位になるほどのヒットとなり、「風と共に去りぬ」を抜く、1500万部を売る大ベストセラーとなっていた。だが、ニールは最初、首を縦に振らなかった。

「かもめの視点からどんな曲を書けばいいのか、私にはまるで見当がつかなかった。だから私は断った」

 だが、ニールは考え直すようになる。そして彼自身の哲学的探究が始まった。ニール自身の、かもめを探す旅が始まったのである。


画家が描いた
雲の垂れこめし空の中
迷子となった詩人の目にも
彼の姿は見えるはず
もし君がそう願うなら

「かもめのジョナサン」は、「食べるものを追い求めて飛び続けること」だけが、かもめの人生だと教えられている世界にひとり、疑問を感じ、飛ぶことの楽しさや無限の可能性を信じた一羽のかもめ、ジョナサンの物語である。


そこに在る…
言葉を探し求め
痛みにもがくページが
時を超えた主題を語る時
神が君の新たな一日を創る時

「そこに在る」と訳した歌詞の原語は「Be」であり、この「Be」はそのままこの曲のタイトルになっている。
 学校の授業で習うBe動詞のBeは、「am」でも「are」でも「is」でもない原形である。1960年代から1970年代の東洋思想ブームの中で、この「Be」は、ひとつのキーワードだった。ビートルズが歌った「レット・イット・ビー」の「ビー」である。ただ、在ること。当時の若者たちは、ありとあらゆる前提、因習、条件付けから自由になろうとしていた。今までの「私」でも「あなた」でも「彼」でもない絶対無二の存在。それが「ビー」だった。


歌え…
沈黙の声を求める歌を歌う時
太陽の神は君が進むべき道を
開いてくれるだろう

 群れから離れ、ひとり空を飛び続け、かもめ社会から徹底的に否定されたジョナサンだったが、天空の存在と出会い、飛ぶことの意味を知る。そしてまた地に舞い戻り、その意味を若い仲間たちに伝えていくのである。

「この曲を書くことは実にいい体験だった。直面したことをどう理解し、曲にしていくのかというプロセスがね。それに、自分を高めていくこと、先に進んでいくこと、群れと共に旅する必要などないということは、まさに私が考えていたことだったのだからね」

 ニールが書き上げたこの曲は、グラミー賞のサウンドトラック部門と主題歌賞を受賞し、ゴールデン・グローブ賞の作曲賞も受賞した。



 ところで。
「かもめのジョナサン」は2014年、突然、完成版が発表された。当所から書かれていたが発表されずにいた最終章を付け加えたものが出版されたのである。
 これは作者のリチャード・バックが2012年に飛行機事故で九死に一生を得たことから思い立ったことと、とされている。

 若き世代に自分の思いを伝えたジョナサン。。。というところで終わっていた物語の最終章は、その後のかもめの世界を描いている。
 ジョナサンは神として崇め奉られ、彼が教えたことは意味不明な呪文になってしまっている。宗教として堕落してしまっていたのである。


リチャード・バック『かもめのジョナサン【完成版】』(文庫)
新潮社

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