TAP the ROOTS

デュアンがスライド・ギターと出会った瞬間

2017.10.29

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 その時、デュアン・オールマンは風邪でベッドの中にいた。1968年。オールマン・ブラザース・バンド結成の前年のことである。
 そこへ見舞にやってきたのは、弟のグレッグだった。グレッグは兄に、発売されたばかりの1枚のアルバムと瓶入りの風邪薬を差し入れた。



 アルバムは、タジ・マハールのファースト・アルバムだった。ライ・クーダー、ジェシ・エド・デイヴィスらと結成していたライジング・サンズを解散させたばかりのタジ・マハールのソロ・アルバムにはそのまま、ライ・クーダー、ジェシ・エド・デイヴィスが参加していた。そしてバンドの演奏曲でもあった「ステイツボロ・ブルース」を、このアルバムでも再録音していた。



「ステイツボロ・ブルース」は、ジョージアのブルースマン、ブラインド・ウィリー・マクテルが1928年に録音された作品である。



 ステイツボロは、ジョージア州ブロック郡に属する州東部の市。そこはオールマン・ブラザース・バンドの活動拠点となるメイコンからほど近いところにある。
 デュアンは、この曲に魅入られた。この曲と、ジェシ・エド・デイヴィスがプレイするスライド・ギターに魅せられたのである。デュアンとスライド・ギターの出会いが、バンド結成のわずか1年前だったというのは驚くべき話だ。

 そして次にグレッグが兄の部屋のドアを開けると。。。
 グレッグが差し入れた風邪薬の瓶は、ラベルが剥がされ、兄の薬指にはまっていた。デュアンは、ベッドの上で、「ステイツボロ・ブルース」をコピーし、スライド・ギターをマスターしてしまったのである。
 以来、デュアンはコリシディン(風邪薬)の瓶を使い続けることになる。



 オールマン・ブラザース・バンドを結成してからも、バンドは何度も何度も、「ステイツボロ・ブルース」を演奏することになる。なかなか、デュアンがその出来に満足できなかったからである。それがバンドの出来なのか、デュアンのスライド・ギターの完成度なのか、デュアンもバンドもわからなくなるほど、彼らはこの曲を演奏し、バンドのサウンド・イメージを作り上げていったのである。

『アット・フィルモア・イースト』でも、オープニングはこの曲「ステイツボロ・ブルース」だった。そしてデュアンの葬儀でも、この曲は演奏された。スライド・ギターはデュアンの代わりに、ディッキー・ベッツがつとめた。
 自らが奏でるスライド・ギターの音色を聴きながら、ディッキー・ベッツは、デュアンがもうこの世にいないことを痛感したという。



Allman Brothers Band『At Fillmore East』
USMジャパン


(このコラムは2017年6月1日に公開されたものです)


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