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「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」のビデオ・クリップに映っているもうひとりの異邦人

2017.12.14

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 スティングは、初めてニューヨークで暮らすようになった頃のことをこう振り返っている。
「私はよく、土曜日の朝早く、イギリスから衛星中継されるサッカーの試合を観に、英国パブに出かけたものだった。そこでは、英国ビールが飲めたし、英国の朝食が食べられた。そして、マンチェスター、リバプール、ロンドン、ニューカッスルといったところからやってきた英国人たちと、肩をすり合わせることができた」


私はエイリアン
私は合法的異邦人
私はニューヨークの英国人だ


 ロンドンとニューヨークにそれほどの心理的距離があるとは、日本人からは想像がつかないが、スティングがホームシックにかかっていたことは間違いなかった。
 スティングは話を続ける。
「私たちはサッカー中継のスクリーンを観ながら、叫んだものだ。下手な審判に向かって、そのプレイはオフサイドじゃないと、そのプレイはファウルだと。私たちはある種、原始的な種族のようだった。そして試合が終わってしまうと、ニューヨークの街の中へ、幽霊のように消えていくのだ」


私はエイリアン
私は合法的異邦人
私はニューヨークの英国人だ


 そんな日々を送る中、スティングはニューヨークでひとりの英国紳士に出会っている。
 クエンティン・クリスプ。1908年のクリスマスの日にイギリス南東部のサリー州で生まれたこの英国紳士は、作家、俳優、画家など様々な顔をもっていた。彼の自伝「裸の公僕」はテレビドラマ化され、イギリスだけでなく、アメリカでも話題になっていた。スティングは映画「ブライド」で、この英国紳士と共演を果たしていた。
 そして彼と会話を交わす中で、自ら感じていた疎外感を彼に重ね合わせたのである。
 クエンティン・クリスプは同性愛者であった。今と違い、まだ偏見が強い時代にその事実を明かした彼は、まさに異邦人として生きてきたのである。



 スティングは、「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」のビデオ・クリップに彼を老女役で登場させた。そして、こう歌ったのである。


あなたらしくいればいい
彼らがどう言おうとも




Sting『Nothing Like the Sun』
A&M Records

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