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不調のどん底のディランの前に現れたイエス・キリスト

2018.11.01

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1979年11月1日。
 ボブ・ディランはサンフランシスコのステージに立っていた。ツアーの幕開けとなるこの夜のコンサートで、ディランは初めて新作『スロー・トレイン・カミング』に収録されている新曲を披露した。


 それが悪魔であれ
 主であれ
 人は誰かに仕えねばならない


 ニュー・アルバムに収められ、シングルカットされ、グラミー賞を受賞することになる「ガッタ・サーヴ・サムボディ」の一節である。
 ボーン・アゲイン・クリスチャンとなったディランの新曲は、観客からの大ブーイングに迎えられることになった。それはかつて、ディランがエレクトリック・ギターを手にした時と同じか、それ以上のものだった。



 ユダヤ系アメリカ人として生まれ育ったディランは何故、キリスト教に改宗したのか。
 話は1年前にさかのぼる。

 1978年の11月17日。
 ディランはサンディエゴのステージに立っていた。だが、調子は最悪だった。
「すると観衆の誰かが、私の体調が悪いことを見て取ったのだろう」と、ディランは語っている。

「ステージに銀の十字架を投げてよこした。いつもの私なら、ステージに投げられたものを拾ったりはしない。だが、私はステージを見下ろし、自らに言った。拾わなくては」

 ディランは銀の十字架を拾い上げると、ポケットにしまいこんだ。
 ポケットに収められた十字架は、そのままバック・ステージに。そして、そのまま次のツアー先であるツーソンのホテルへと運ばれていった。

「その頃になると、私の体調はサンディエゴにいた頃よりも、さらに悪化していた。今夜、何とかしなければ、と私は独り言をつぶやいていた。何をどうしていいのかはわからなかったが、これまでとは違う何か、が必要だった」

 そしてディランはポケットにしまっていた十字架を手にしたのである。
「イエスが現れた。王の王として。主の主として。ホテルの部屋に姿を現したのは、他の誰でもないイエスその人だった」

 イエスはディランの上に手を置いたという。
「それは物理的な感覚だった。私は感じた。身体中で感じた。そして私は震えた。主の栄光が私はノックダウンさせ、そして拾い上げたのだ」

目から鱗が落ちたパウロを思わせる逸話である。

 その後、すぐにディランは聖書をむさぼるようにして読んだと言われている。その影響は、ステージにも表れた。彼の首には、十字架がかけられていた。そして歌詞も、変化を見せるようになる。


それから彼女は詩集を開き
私に手渡した
13世紀のイタリア詩人が
書いたものだった


『ブルーにこんがらがって』の一節である。
 この歌詞は、


彼女は聖書から引用し

マタイによる福音書では

エレミア書では


 といった歌詞に歌い替えられるようになっていった。
 カメレオンのようにその姿を変えていくディラン。彼はこの時期、古くからの多くのファンを失い、まったく新しいファン、そしてミュージシャンと出会ったのである。
 ゴスペル色の強いアルバム『スロー・トレイン・カミング』では、ダイアー・ストレイツとしてデビューしたばかりのマーク・ノップラーがギターを弾いている。




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