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ディランの音楽の中に潜むバディ・ホリーの魂

2019.01.31

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1959年1月31日。
ミネソタ州北東部の都市、ダルースにバディ・ホリーとクリケッツがやってきた。彼が飛行機事故で亡くなるのは2月3日だが、バンドのメンバーも、コンサート会場に集まったファンたちもそんな未来を知るよしもなかった。
会場には、17歳のロバート・ズィマーマンもいた。後のボブ・ディランである。
ダルースは、ディランの生まれ故郷だった。

「彼は偉大だった。信じられなかった。そう、舞台に立つバディ・ホリーのイメージを忘れることなど、絶対にありえない」


ボブ・ディランはグラミー賞の「アルバム・オブ・ジ・イヤー」の授賞式でそう語っている。受賞作は1998年に発表された『タイム・アウト・オブ・マインド』である。
 
実は、ディラン、少年時代からバディ・ホリーの大ファンだった。

「バディ・ホリーは詩人だよ。時代の先を走ってるのさ。俺は、ノース・ダコタやサウス・ダコタで彼と一緒に演奏したことがあるのさ」


そんな作り話を誇らしげにしていた、という記録もある。

では何故、『タイム・アウト・オブ・マインド』の授賞式でディランはバディ・ホリーについて語り始めたのだろうか。

「レコーディング中、どこもかしこも、バディ・ホリーだったのさ。わかるかい。こういうことさ。廊下を歩く、するとバディ・ホリーの『ザットゥル・ビー・ア・デイ』が聞えてくる。車に乗ってスタジオに向かおうとすれば、ラジオから『レイヴ・オン』が聞えてくる。スタジオに入れば、誰かがカセットで『イッツ・ソー・イージー』をかけている、といった具合さ。それが来る日も来る日も続いたんだ。このレコードを聴けば、どこかにバディ・ホリーの魂が潜んでいるはずだ」


ボブ・ディランはステージ、その他でも、時折、バディ・ホリーのカバーを披露している。
たとえば、こんな具合に。



♪Love Sick(『タイム・アウト・オブ・マインド』収録)

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