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エルヴィス〜永遠に生き続けるエルヴィス・プレスリーの伝説

2023.08.16

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『エルヴィス』(Elvis/2022)


エルヴィス・プレスリーの生涯を描いた映画『エルヴィス』(Elvis/2022)。今回も試写会や招待ではなく、自腹でチケットを買って映画館で観てきた。

中学3年(1983年)の時に洋楽を本格的に聴き始めた書き手にとって、エルヴィス・プレスリーに抱いていた当時のイメージは大きく2つ。

まずはジェームズ・ディーンやマリリン・モンローに代表される1950年代のキャラクターグッズのような存在。そしてリゾート地が舞台の映画に出てくるハリウッドスターやポピュラー歌手のような先入観。MTVの音楽に夢中な洋楽初心者には、揉み上げを伸ばした派手なジャンプスーツ姿の晩年のエルヴィスは、どこか遠い昔の出来事のような印象しか持てなかった。

エルヴィスがロックンロールに偉大な足跡を遺したアーティストだと分かったのは、ロックの歴史を貪るように読み始めてからだったと思う。その後いろんな音楽・書籍・映画(ジム・ジャームッシュの『ミステリー・トレイン』やデヴィッド・リンチの『ワイルド・アット・ハート』など)に触れるうちに、少しずつエルヴィスの魅力を理解するようになった。メジャーデビュー以前のサン時代こそエルヴィスの真髄という結論に辿り着くまでは、さらに数年は掛かった。

1935年1月8日にミシシッピ州で生まれたエルヴィス。1948年に移り住んだテネシー州メンフィスの公営住宅は貧しい黒人居住区でもあったため、ゴスペルやブルーズなど“本物の音楽”に自然と慣れ親しんでいく。

高校卒業後にトラック運転手をしていた1953年の夏。地元メンフィスのサン・スタジオで4ドルを支払ってプライベートなレコードを制作。「My Happiness」と「That’s When Your Heartaches Begin」を歌って録音した。

サンの経営者だったサム・フィリップスは「黒人のフィーリングを持った白人の歌手が見つかれば大金持ちになれる」と考えていた。そこに理想を満たすエルヴィスが現れたのだ。1954年7月、サン・レコードからローカルデビュー。5枚のシングルをリリースした。

もしあなたがエルヴィス初心者なら、ブルー・ムーン・ボーイズ(ギタリストのスコッティ・ムーア、ベーシストのビル・ブラック)と録音したこのロカビリー時代を入口にすると間違いない。

○1954年7月19日「That’s All Right / Blue Moon Of Kentucky」
○1954年9月25日「Good Rockin’ Tonight / I Don’t Care if the Sun Don’t Shine」
○1954年12月28日「Milkcow Blues Boogie / You’re A Heartbreaker」
○1955年4月10日「Baby Let’s Play House / I’m Left, You’re Right, She’s Gone」
○1955年8月6日「Mystery Train / I Forgot To Remember To Forget」

エルヴィスの運命が大きく変わるのは1955年。カントリー音楽の人気スター、ハンク・スノウのマネージャーだったトム・パーカー大佐にツアー先の公演で“発見”された。「君をインドの王様より金持ちにしてみせる」と誘惑したパーカー大佐はサンからエルヴィスを引き抜き、1955年11月にメジャーのRCAへ移籍させる。

それからのエルヴィスは凄かった。1956年3月に「ハートブレイク・ホテル」でメジャーデビュー。いきなり全米No.1を独走する(アルバム『エルヴィス・プレスリー』もトップ)。TVショーに出演した際の腰振りバフォーマンス(サン時代からやっていたこと)は、保守層からは強烈なバッシングを受ける反面、台頭したティーンエイジャー(それまでは大人か子供かのどちらか)からは熱狂的な支持を得た。中でも「エド・サリヴァン・ショー」の視聴率は82.6%にも達したという。

同年には映画『やさしく愛して』(Love Me Tender)に初主演。パーカー大佐の策略でキャラクター商品は78種類も作られ、レコードとともに莫大な売り上げを記録。翌1957年にはメンフィス郊外に邸宅グレイスランドを購入し、両親へプレゼント。自らの生活拠点となる。エルヴィスはメジャーデビューしてからたった2年の間で、「ハウンド・ドッグ」「冷たくしないで」「ラヴ・ミー・テンダー」「監獄ロック」など10曲ものNo.1ヒットを放った。

1958年3月には徴兵制度によって米陸軍に一兵卒として入隊。ドイツでの駐屯生活中に後に結婚して妻となるプリシラと出逢う。ちなみに1960年3月の除隊までの2年間、パーカー大佐は録音済の音源をシングル化したり、ベスト盤を出したりと人気を維持することを忘れなかった。

エルヴィスが入隊した1958〜1960年と言えば、他のロックンロール・スターたちにスキャンダルや悲劇が続出した時期でもある。これは既存のモラルを覆そうとするロックンロールへの攻撃と死そのものだった。

バディ・ホリーとリッチー・ヴァレンスはツアー中に墜落死。ジェリー・リー・ルイスは13才の従妹との結婚が発覚。チャック・ベリーは14才の少女を連れ出して警察沙汰。リトル・リチャードは飛行機事故と遭遇して神職に捧げることを誓う。エディ・コクランは自動車事故死。同乗していたジーン・ヴィンセントも重傷を負った。ロックンロールという言葉を広めたDJアラン・フリードは賄賂疑惑事件に巻き込まれた……そしてエルヴィスは最愛の母の死と直面。

しかし、エルヴィスの本当の悲劇はここからだった。除隊後の1960年以降約10年に渡って、エルヴィスはパーカー大佐の金儲けに付き合わされ、『G.I.ブルース』『ブルー・ハワイ』『ラスベガス万才』など27本の映画に主演して都度サントラ盤を量産。そのほとんどが駄作であり、ハリウッドスターやポピュラー歌手のイメージはこの時期に拭い切れない影のように形成されてしまう。

60年代はロックンロールからロックへと大きく変換した激動の10年。ビーチ・ボーイズやボブ・ディラン、ビートルズやローリング・ストーンズらが登場し、後半になるとサイケデリック・ロックやヒッピー・ムーヴメントが起こった。そう、音楽を忘れたエルヴィスは30歳前後で完全に「時代遅れ」になったのである。ヒットチャートからも次第に見放されていくのは必然だった。

1967年、娘リサ・マリーが誕生。そんな中、エルヴィスは何を想っていたのか。「金を払わないテレビには出るな」「健全なクリスマスの歌を歌え」というパーカー大佐の忠告を退け、自らの意思で1968年12月3日にテレビスペシャルに黒革姿で出演。原点回帰を込めた激しいロックンロールやルーツ音楽、新曲の「If I Can Dream」を披露する。『’68カムバック・スペシャル』として知られるこの番組は42%の視聴率を記録し、エルヴィス伝説の最も感動的なシーンになった。

1969年はラスベガスの完成したばかりの豪華ホテル(インターナショナル・ホテル)にてショーを開始。パーカー大佐のギャンブル借金返済が裏取引にあったと言われるステージとはいえ、エルヴィスはキャリア史上最高のパフォーマンスを観客に届け続けた。同年には「サスピシャス・マインド」でチャートのトップに返り咲き。また、1973年にはハワイから衛星中継コンサートを実施。全世界で15億人が視聴した。

映画『エルヴィス』は、偽りの素性を隠しながら終始金儲けに徹底したマネージャーのパーカー大佐と、ショービジネスの中で操り人形のようになりながらも、自身を作ったルーツ音楽と真摯に向き合おうとするエルヴィスの闘う姿を描く。これだけでも見応えあり。

監督は『ムーラン・ルージュ』『華麗なるギャツビー』のバズ・ラーマン。まったく古臭い感じのしない現在進行形のエンターテインメント作品に仕上げた。エルヴィス・プレスリー(オースティン・バトラー)、トム・パーカー大佐(トム・ハンクス)、プリシラ(オリヴィア・デヨング)のキャスティングにも注目。シスター・ロゼッタ・シャープ、ビッグ・ママ・ソーントン、リトル・リチャード、B.B.キングらとの交流も描かれる。エルヴィスのルーツがどこにあったかはこれで分かる。

1977年8月16日、グレイスランドでこの世を去ったエルヴィス・プレスリー。60歳や70歳のロックアーティストが当たり前になった現在、42歳の死はあまりにも早かった。

あえてシンプルな言葉で締めくくろう──伝説は永遠に生き続ける。

予告編

こちらは伝説の『’68カムバック・スペシャル』



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*日本公開時チラシ

*参考/『エルヴィス』パンフレット、『ミュージック・ガイドブック』(ミュージックマガジン)
*このコラムは2022年8月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

【執筆者の紹介】
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