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ロスト・イン・トランスレーション〜TOKYOが吐息する瞬間をとらえたソフィア・コッポラの世界

2023.09.07

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『ロスト・イン・トランスレーション』(Lost in Translation/2003)


東京には二つの表情がある。
一つは「東京」であり、そこで何気なく生まれ育った人々が感じる日常生活空間としての場所。そしてもう一つは、何か異様なパワーが渦巻いているメディアとしての「TOKYO」。それはどこかオシャレに目覚めた女の子のスッピンとメイク顔の違いにも似ている。

日本全国から多くの人々が圧倒的な憧れと夢を抱いて移り住んで来る街。世界中からのあらゆる情報や流行を一極集中させようとする街。特に都心と呼ばれるエリアが醸し出す洗練と欲望が溶け合ったムードには、「東京」とはかけ離れた異次元の光景を見ることができる。東京に住んでいる者なら誰もが知っている。「TOKYO」とはつまり、エントランスフリーの同時並行世界(パラレルワールド)だ。

映画『ロスト・イン・トランスレーション』(Lost in Translation/2003)は、そんな「TOKYO」に突然投げ込まれた外国人たちが紡ぐ儚い物語だった。監督はデビュー作『ヴァージン・スーサイズ』で独特の世界観を描写して高い評価を得ると同時に、「ガーリー・カルチャーの元祖」として謳われたソフィア・コッポラ。その名の通り、あの巨匠フランシス・フォード・コッポラの娘でもあり、写真家でファッションデザイナーでもある。

観光目的や日本の歴史や文化に興味を抱いてやって来る者は別として、単に仕事や付き添いでやって来たに過ぎない外国人たちにとっては、「TOKYO」に迷い込んだ自分たちは永遠に浮遊する異邦人であることを痛感する。それは反対に、日本人が海外の土地でやむを得ず暮らし始めた時にも同じ感覚が芽生える。「TOKYO」にはもっといろんな表情や楽しみ方があるのに、たまたまやって来ただけの孤独な登場人物たちは、母国で慣れ親しんでいる空間に留まったり、特別変わってもいない過ごし方を連続して、空しく流れる時間を埋めていく。

ゆえにこの作品に漂うムードは、たまらなく不思議に満ちて、どこまでも切ない感触を覚える。普段絶対に休む暇もないはずの「TOKYO」が、人知れず吐息をしてしまった瞬間をとらえたような、そんな空気を感じてしまうのだ。これだけでも『ロスト・イン・トランスレーション』が放つユニークな魅力は必見だ。

ソフィアが書いた「人との関係」をテーマにした静かな脚本はアカデミー賞を受賞。主演はビル・マーレイとスカーレット・ヨハンソン。ロケは実際に「TOKYO」で行われた。新宿のパークハイアット東京をはじめ、歌舞伎町、西口商店街、渋谷のスクランブル交差点、ゲームセンター、しゃぶしゃぶ店、カラオケ店、クラブなど、「TOKYO」で暮らす者にとってはよく目にする実在する光景が、外国人のフィルターを通じて新鮮な驚きをもたらす。また、DIAMOND☆YUKAIや藤井隆のほか、「TOKYO」のポップカルチャーを担っていた藤原ヒロシやNIGO、HIROMIXなどのカメオ出演も話題になった。

物語は、日本のウイスキーのCM出演のために東京にやって来たハリウッド俳優のボブ・ハリス(ビル・マーレイ)と、カメラマンの夫の仕事の付き添いで同じホテルに滞在しているシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)の出逢いと別れを描く。

ボブは25年間の結婚生活で中年の危機を迎えていて、やりがいに欠けるCM広告の仕事や異国での仕事に孤独を感じている。一方、シャーロットは自分がこれから何をやりたいのか分からずに、ただ夫の帰りを待つだけの日々に、こちらも孤独を感じている。

二人はホテルのバーで知り合ったことがきっかけで、シャーロットの友人による案内もあって、東京のいくつかの場所で親交を深めていく。だが、決してベッドで結ばれたりはしない。語り合い、同じ時間を共有するだけだ。そのうち、シャーロットは一人で京都を訪れたり、ボブはホテルのバーシンガーと一夜を過ごしたりする。シャーロットはそんなボブの姿を見て二人の間に微妙な空気が漂うが、その夜、ボブは空しさを感じていたことを告げる。

ボブが帰国する日。ホテルのロビーで二人は別れの挨拶を交わすが、ボブがタクシーで空港へ向かう途中、雑踏の中にシャーロットの姿を見つける。駆け寄ったボブはシャーロットを抱きしめ、耳元で何かを囁いてキスをする。涙ぐんでいた彼女が笑顔になって、そしてボブは去っていく……。

サントラも秀逸で、冒頭のジーザス&メリーチェイン「Just Like Honey」やエンディングロールで流れるはっぴいえんど「風をあつめて」など、ソフィアのセンスがここでも光る。カラオケ店のシーンでは、ボブが歌うロキシー・ミュージック「More than This 」、エルヴィス・コステロ「(What’s So Funny ‘Bout) Peace, Love, and Understanding」、シャーロットが歌うプリテンダーズ「Brass in Pocket」がひときわ強い印象を残した。

プリテンダーズとロキシー・ミュージックのヒット曲を歌うカラオケシーン

ラストシーンは儚いラブストーリーの締めくくり

予告編

『ロスト・イン・トランスレーション』

『ロスト・イン・トランスレーション』






*日本公開時チラシ
141229_5
*参考/『ロスト・イン・トランスレーション』DVD特典映像
*このコラムは2015年10月に公開されたものを更新しました。

*こちらのエッセイもオススメです。(中野充浩note/外部サイト)

美魔女化するTOKYO〜港区のタワマンに住んでみて分かったこと

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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