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バーフライ〜酒とギャンブルと愛する女と執筆に生きた伝説の作家チャールズ・ブコウスキー

2024.03.08

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『バーフライ』(Barfly/1987)


何をやっても他人は勝手な理由づけをする。俺はクモが巣を張るように、魚が泳ぐように、飲んで書くんだ。


『町でいちばんの美女』『ありきたりの狂気の物語』といった短編集、『勝手に生きろ!』『くそったれ! 少年時代』などの長編小説、そして『指がちょっと血を流し始めるまでパーカッション楽器のように酔っぱらったピアノを弾け』をはじめとする詩集で知られる作家/詩人のチャールズ・ブコウスキー。

1920年、ドイツに生まれて第一次世界大戦を機に家族でアメリカに移住してきたブコウスキー。20代前半、LAの大学を中退した彼は様々な職を転々としながら放浪へ出る。そして20代半ばの時、NYにやって来ると執筆活動を開始。同じ頃、ジェーンという女と出逢って長い同棲を始めた。

酒と賭事と女を愛した男は、破天荒な生き方と飢えの中で創作活動を続け、50歳手前でようやく専業作家としての生活を確立。伝説の作家として若い書き手のリスペクトを受けながら、1994年に73歳でこの世を去った。「脚光を浴びるのは、死んでからだと思ってた」と言うブコウスキーの詳しい人生については、一連の自伝的著作で触れることができる。

『バーフライ』(Barfly/1987)はブコウスキーが脚本を手掛けた映画で、20代半ばの彼の日々を彷彿とさせる物語だった。バーフライとは、バーで酒をねだるアル中を揶揄した言葉。あるいはバーに入り浸る者。

俺は映画が嫌いだった。ある夜、電話が鳴って監督から「脚本を書いてほしい」と言われた。酔っていたので「うるせえ!」と言って切った。また電話が鳴り「どうしても話を聞いてほしい」と頼まれた。「ふざけるな」と切ろうとしたが、彼が「2万ドル出す」と言ったので、「いつこっちに来る?」と答えたよ。


監督のバルベッド・シュローダーは、ブコウスキーが描く悲しみとユーモアが溶け合った世界に魅せられていた。彼も命懸けで、資金を出さないと指を詰めると映画会社の重役を脅し、ハリウッド映画としては異色の題材を扱った作品が誕生することになった。

主演はミッキー・ローク(本作は彼の代表作の一つ)と名女優フェイ・ダナウェイ。撮影はヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュとの仕事で知られるロビー・ミュラー。オープニングとエンディングでブッカー・T&ザ・MG’sのソウルフルなスタックスナンバー「Hip Hug-Her」が聴こえるのが印象的な映画でもある。

昔はバーの常連で、開店から閉店までいたよ。金がなくて行く場所もなく、バーこそ我が家だった。あれはフィラデルフィアに着いた初日のことだった。まだ昼間だったけど、俺は酒を求めてバーに入った。周りを見ると客はみんな酔っ払って騒いでいた。そこに突然ビール瓶が飛んできた。隣の客は「もう一回やったらぶっ殺すぞ」と怒鳴った。まさしく俺が求めていた場所だ。俺は殴り合う男たちの間を割って入り、トイレに行くために「失礼」と言った。毎晩こんな場所に通い、こんな喧嘩がしたいと思った。そのバーが『バーフライ』の舞台なんだ。


仕事もせずに酒浸りで喧嘩ばかり繰り返すヘンリー(ミッキー・ローク)は、気が向いた時にだけモーツァルトやベートーヴェンを聴きながらペンを走らせる男。自分の部屋と行きつけのバーを往復する生活を送っている。

時給55セントで1日8時間も働くくらいなら、家にいたら1セントにもならないけど、執筆の時間は手に入る。俺は自分の芸術のために飢えを選んだだけさ。執筆と飲酒は表裏一体だ。飲酒は時間のかかる自殺のようなもんだ。俺は長い時間をかけてゆっくりと死んでいった。


そんなある夜、バーの片隅で同じように酒浸りのインテリ女・ワンダ(フェイ・ダナウェイ)と出逢ったことから、彼の人生は動き始める。酒瓶が取り持つ恋は、お互いの氷のような孤独を溶かしていく。一方でヘンリーは何者かに付きまとわれる。それは私立探偵で、雇い主は出版会社の女社長だった。彼女はヘンリーの才能を買っていて、多額の待遇で囲い込もうとするのだが……。

ニューヨーカー誌に短編の世界があるのは分かっていた。お上品な世界の苦悩を描いてるだけで、大したもんじゃないと思った。つまらん教育を受けた作家たちが巧妙な筆致で無意味なことを書いてるだけだ。ある日出版エージェントの女から手紙が来た。「あなたの短編は傑作です。ぜひ一度会って話がしたい」と。でも俺は断った。もし彼女と食事していたら、俺は駄作を山ほど書いていただろう。


ワンダのモデルは、ブコウスキーが愛したジェーンだと言われている。彼は死んだ彼女のためにこんな詩を綴った。

草の下で225日を過ごした君は、俺よりも多くのことを知っている。
彼らは君の血を抜き取った。君は籠の中の乾いた棒だ。
そういう宿命なのか?
この部屋では“愛の時間”がまだ影を落としている。
君はほぼすべてをあの世に持ち去った。
俺は夜が来ると、付きまとう虎の前にひざまずく。
君のような存在は二度と現れないだろう。
虎は俺を見つけた。だがそんなことはどうでもいい。


そして朗読を終えたブコウスキーは言った。
「美しい女だった……忘れてくれ」

Charles Bukowski 1920.8.16 – 1994.3.9

予告編



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*日本公開時チラシ
139412_1
*参考・引用/『バーフライ』DVD特典映像、パンフレット
*このコラムは2016年8月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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