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パフォーマンス/青春の罠〜「三流のクソ映画」とキースが吐き捨てたミック初主演作

2023.06.13

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『パフォーマンス/青春の罠』(Performance/1970)


公開時は斬新な映像で話題を振りまいた作品が、5年〜10年経つと逆に古臭いものとなって忘れられる。そして今度は20年くらい後に当時を知らない世代に新鮮に迎えられ、強烈に時代を感じさせる作品として再評価されていく。これは映画の面白さの一つだ。ミック・ジャガーが主演した英国映画『パフォーマンス/青春の罠』(Performance/1970)もそんな一つだった。

1968年。ゴダールの前衛映画『ワン・プラス・ワン』にローリング・ストーンズが出演したことをきっかけに、ミックの演技に対する興味に火がついた。ロックシンガーとして頂点を極めたと感じていたミックには音楽以外で何かをやりたい気持ちが高まったのだろう。映画製作者のドナルド・キャメルが頭のおかしくなったロックスターの役を持ちかけると、ミックはこの話に飛びついた。

当時のミックの恋人であるマリアンヌ・フェイスフルは、台本読みに付き合いながら「自分をブライアンだと思ってやってみて」とアドバイスした。

あの自暴自棄になって、中性的で、薬浸けになってる彼を意識するの。でもタフで法律も気にしていないようなキースの面も取り入れなくちゃダメよ。二人をうまくミックスすればいいわ。


一方、もう一人の主演俳優であるジェームズ・フォックスが演じるのはギャング役。上流社会のエレガントで典型的なイギリス紳士を売り物にしていた彼は、役作りのために本物の裏社会に紛れ込んだ。ファッションや言葉遣いだけでなく、あっという間に気が短くて攻撃的な性格に仕上がったという。

ストーンズは当時、反体制の象徴のような存在だった。しかも悪魔のイメージを好んで受け入れた。しかし撮影に入ると、ミックは不平を言わず、わがままでリッチなロックスターの素振りすら見せなかった。撮影クルーたちの素人扱いが悔しかったのかもしれない。音楽同様、本物の役者になろうと必死に努力をしたのだ。

映画はドナルド・キャメルとニコラス・ローグの共同監督で1968年秋にクランクイン。翌年には完成する。しかし映画会社のワーナー・ブラザースはすぐに公開に踏み切らなかった。最低な映画と酷評したのだ。これは完全な失敗作であり、とても興行的に成功するとは思えないというのが重役たちの一致した見解だった。

裏社会でスマートに生きるチャス(ジェームズ・フォックス)は、ある日“ビジネス”に私情が入ってしまい殺人を犯してしまう。身を隠すことになって向かった先は、引退したロックスターのターナー(ミック・ジャガー)の邸宅。やがてチャスはドラッグの幻覚やセックスの快楽に溺れながら退廃的な生活を送るターナーに誘われるように、もう一人の自分を見出していく。そこに忍び寄るギャングの影……。

奇抜で趣味の悪い云々というより、“売り”であったミックの登場が遅すぎることも評価を下げてしまった。映画はようやく1970年になって公開。激動の時代の渦中で1年以上もタイミングを逃して、まったくヒットしなかったのは言うまでもない。だが、ミックの自尊心は満たされた。

唯一の収穫と言えば、音楽だろう。ミックがロバート・ジョンソンのブルーズを弾き語りするシーンも貴重だが、劇中でミックが歌う「Memo From Turner」は見どころ。もちろんキースとの共作でストーンズのヒット曲になってもおかしくないほど痺れるナンバーだ。

強烈なスライドを披露するのはデビュー前のライ・クーダー。映画ではライのブラインド・ウィリー・ジョンソンばりのスライドも聴ける。映画音楽を担当したジャック・ニッチェは当時世界に数台しかなかったモーグ・シンセサイザーを駆使して独自の音世界を作り上げた。

また、『パフォーマンス/青春の罠』には別の観点がある。男と女の関係だ。

この映画にはキース・リチャーズの恋人アニタ・パレンバーグがターナーと同居する秘書役で出演している。キースはただでさえ、ドナルド・キャンベルを毛嫌いしていた(このあたりは自伝でボロクソに記述)。ドナルドが昔アニタと付き合っていたことも気に食わなかったが、ミックがキャスティングされてアニタとのセックスシーンが撮られることを知ると、怒りが爆発した。陰謀のように思えたのだ。

キースはアニタに「金を払うから映画に出るな」と言ったそうだが、一番の心配はアニタの好奇心がミックに向いていたこと。キース自身もブライアンから奪った女だ。手綱をつけることなんてできなかった。

キースはアニタの楽屋へは決して顔を見せなかった。ミックとよろしくやっている“現場”など見てしまったら、それこそブライアンの二の舞だ。それどころかストーンズの存続にも影響してしまう。キースはミックの映画を「三流のクソポルノ映画」と吐き捨てて正常心を保つことにした。

実はキースもマリアンヌと一回だけ一夜を共にしたという後ろめたさもあったらしい。汗だくの中、マリアンヌの胸に顔を埋めながら熱を冷ましていると、ミックの車が近づく音がしてうろたえた。靴を履き、窓から飛び出した。

庭を突っ切ったところで、靴下を忘れてきたのに気づいたんだ。まあ、あいつは靴下を探すような男じゃない。マリアンヌと今でも冗談を言い合うんだ。彼女がメッセージを送ってくる。「あなたの靴下、まだ見つからないわ」



予告編


劇中でミックが歌う「Memo From Turner」はもちろんキースとの共作。

『パフォーマンス/青春の罠』

『パフォーマンス/青春の罠』






*公開時ポスター

*引用・参考/『ローリング・ストーンズ 悪魔を憐れむ歌』(トニー・サンチェス著/中江昌彦訳/全音楽譜出版社)、キース・リチャーズ自伝『ライフ』(棚橋志行訳/楓書店)
*このコラムは2017年8月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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