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第三の男〜今は亡き二人の偉大な映画評論家・淀川長治と荻昌弘が絶賛した伝説の映画

2023.09.02

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『第三の男』(THE THIRD MAN/1949)


「完璧な作品」と表現される映画や音楽がある。TAP the POPはこれまでマーチン・スコセッシ監督の『ディパーテッド』やヴァン・モリソンの『Astral Weeks』などをその例として紹介したことがあるが、今回はイギリス映画『第三の男』(THE THIRD MAN/1949)の登場だ。

しかもこの作品は、映画史上に残る名場面を数々生んだことでも伝説となっている。「ベスト100」的な企画で必ずと言っていいほど選出されるのはこうした理由があるからだ。

ことの起こりは、イギリス人の映画プロデューサーであるアレクサンダー・コルダが、作家のグレアム・グリーンを第二次世界大戦後の四分割統治下のウィーンに派遣したこと。映画のためのオリジナルストーリーを執筆するための取材旅行だった。

監督するのはキャロル・リード。有名な並木道のラストシーンは、当初はグリーンは男と女が腕を組んで行くように結びたかったが、リードはそれを頑なに拒否して映画史上に残る名場面になった。このシーンの激論で、二人の間には強い結束関係が生まれたという。

また、映画の撮影スタッフと共に戦災で廃墟と化したウィーンを1948年に訪れたリードは、街のクラブで古楽器ツィター(オーストリアの民俗楽器)に出逢った。強い関心を抱いたリードは、演奏していたアントーン・カラスに映画音楽を依頼。

だが、経験も作曲能力にも乏しかったカラスは一つのメロディしか生み出せない。しかしこれが逆に劇中で流れまくったので、同じテーマ曲が繰り返し流れる成功事例を作ることになった。

日本が生んだ偉大な映画評論家たちも『第三の男』を絶賛した。

私は『第三の男』を観て、あまりにも立派なので驚くと同時に、少し憎らしくなった。どうしてかというと、本当に映画の教科書ですね。脚本もキャメラも見事な、監督の良さが出て、これはもうワンカットも無駄でない。見事な映画の教科書。だから私は惚れ込んだけれども、ちょっと嫌いでした。特にラストシーン、あっけにとられ、映画の美しさを見せてくれた。もしこの映画を初めてご覧になる方がいたら、どんなに驚かれることでしょう。映画の持つ美しさ、表現が分かる名作です。
──淀川長治


人は人生のある時期、特に若い時点で「自分は今、決定的な瞬間に立ち会っている」と思える壮烈な映画に出逢うものだ。私の場合、『第三の男』がそうだった。どこからどこまで、まぎれようもなく映画という結晶体以外の何ものでもないこと、そのことが一つなのだ。グリーンの不条理な文学性、ウィーンの空気さえよどんで濃いような情緒から、カラスのツィターの音楽、カメラワーク、ウェルズやコットンやヴァリの演技まで、すべてが透明に“映画”という結晶体一つに昇華している。
──荻昌弘


物語は、アメリカの大衆作家ホリー(ジョゼフ・コットン)が20年来の親友ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)の招きでウィーンを訪れるところから始まる。そんなホリーを待っていたのは、自動車事故で死亡したハリーの葬式だった。

最初は面食らったホリーだが、不審な点に気づき始める。事故現場にいたのはハリーの知り合いばかり。ハリーの美しい恋人アンナ(アリダ・ヴァリ)や国際警察のキャロウェイ大佐(トレバー・ハワード)と接するうちに、その死には何か裏があると確信する。「第三の男」がいたという目撃も突き止めた矢先、証言者であるアパートの門番は殺される。おまけに殺人の濡れ衣を着せられて、夜のウィーンを逃げ回る羽目に。

その夜、ホリーは大佐から衝撃的な事実を聞かされる。実はハリーは闇組織のボスで、病院から盗んだ薬を水で割ってさばき、そのせいで子供を含む多くの人々が犠牲になっているのだと。ショックを受けたホリーはアメリカに帰国を決意、密かに想いを寄せるアンナに別れの挨拶に行く。

その帰り道。暗闇でまさかのハリーと出くわすホリー。言葉巧みに仲間に誘われるホリーの気持ちは複雑だった。しかし、病院で苦しむ犠牲者たちを目の当たりにして、大佐のハリー逮捕に協力する道を選ぶ。夜のカフェで「第三の男」を誘い出すことにしたのだ……。

並木道のラストシーンは、今観ても心震えてしまう。日本ではビールのCM曲として浸透してしまったあのメロディを、もう一度“映画”のために取り戻そう。(中野充浩)

予告編


アントーン・カラスが弾く「ハリー・ライムのテーマ」

『第三の男』

『第三の男』






*日本公開時チラシ

*参考/『第三の男』パンフレット、DVD特典映像、『クロニクル 20世紀のポピュラー音楽』(平凡社)
*このコラムは2017年10月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

【執筆者の紹介】
■中野充浩のプロフィール
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