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クロッシング・ガード〜娘を交通事故で亡くした父親の“復讐”を描くショーン・ペン監督作

2023.11.15

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『クロッシング・ガード』(The Crossing Guard/1995)


ブルース・スプリングスティーンの「Highway Patrolman」からテーマを得た監督デビュー作『インディアン・ランナー』(1991)で、それまでの「マドンナの夫」(85〜89年)や「パパラッチへの暴力」といった世間を騒がすスターのイメージから脱却したショーン・ペン。だが、本物を知る人たちには最初から分かっていた。彼は映画界の貴重な知的良心であることを。

『クロッシング・ガード』(The Crossing Guard/1995)は、そんなペンの監督第2作。傷ついた人間の心、葛藤する姿を描こうとする珠玉の名作。

一人でタイプライターの前に座っていたら、「クソッ、この役はジャック・ニコルソンだ」って気付いた。それで仕上がった脚本を彼に送った。3日して彼がやるよって電話をくれた。


ニコルソンにとっては、それはたくさん送られてくる脚本の一つに過ぎなかった。

たった90ページの脚本だった。特別な衣装もメイキャップも髪型も必要ない。大げさな演技も要らない。ただエモーションがあった。ストーリーではなく“人間の振る舞い”が中心にあった。ここ何年か出演してきた映画とはまったく違う自由があったんだ。「よし、やろう」と決めた。


共演には『インディアン・ランナー』で好演したデヴィッド・モース。かつてニコルソンの私生活での同棲相手だったアンジェリカ・ヒューストン。他にザ・バンドのロビー・ロバートソン、名優ジョン・サヴェージ。日本からは石橋凌の出演も話題になった。主題歌の「Missing」はブルース・スプリングスティーンが書き下ろし。サウンドトラックにはジュエルの「Emily」も収録されている。

また、本作はペンの親友でもあった作家チャールズ・ブコウスキー(1994年3月に他界)に捧げられている。この映画はブコウスキーが描いた短編小説の世界そのものだった。心が震えるラストシーンは彼が埋葬された墓地で撮影された。

クロッシング・ガードとは「交通安全指導員」のこと。交差点で子供たちや人々を誘導する係。この映画を観れば、なぜそんなタイトルが付けられたのかが分かるだろう。これが人生となると、行くべき道は誰も教えてくれない。ニコルソンは言う。

彼はもう何も感じることはできない。心の痛みを抱えていて、酒に溺れて女にも冷たい。周りの男たちも彼のことをまったく知らない。彼は怒りのために自分自身を牢獄に押し込んでいるんだ。


(以下ストーリー・結末含む)
6年前。小さな女の子が交通事故で命を落とした。事故を起こしたジョン(デヴィッド・モース)が刑期を終えて出所する。両親は息子を温かく迎えるが、ジョンの心は深く傷ついたままだった。

一方で、愛する娘エミリーを亡くした父親フレディ(ジャック・ニコルソン)は、絶望から立ち直れないままストリップバーに入り浸っては女たちと寝て、堕落した日々を送っている。妻メアリー(アンジェリカ・ヒューストン)は残された二人の子供たちがいるにも関わらず、いつまでも現実から目を背ける弱い夫を許せない。彼女はロジャー(ロビー・ロバートソン)と再婚していた。

この6年間。フレディはあることをずっと考えながら生きてきた。それはジョンを殺すこと。遂にその日が来たのだ。メアリーは現実が見えなくなっているフレディに言い放つ。「何をしようとあの子は戻らないのよ。エミリーのお墓にも行く勇気がなかったくせに!!」。事実、フレディは娘の墓石に刻まれている文字や色さえ知らなかった。

その夜、それでもフレディはジョンの住む家に行き実行に移すが、弾を込め忘れて失敗してしまう。ジョンは言う。「許してもらえる罪じゃないことは分かってる。あんたはこの日を待ち続けてた。長かっただろう。僕は逃げない。だからあんたも数日考えてくれ。本当に殺したいのかどうか」。フレディは「3日だけ待つ」と言い残してその場を去った。

物語は、娘を亡くしたフレディ。事故を起こしたジョン。二人のその後の72時間を追う。

友人に会いに行ったり日雇いの仕事をしたりするジョン。仲間たちがパーティを開いてくれるが、楽しめるはずもない。好意を抱く女性(ロビン・ライト)も現れるが、6年前の痛みは消えることはなかった。彼にできたのは唯一、花束を持って人知れずエミリーの墓参りをすることだけ。「左右を見ずにごめんなさい……」。あの日、駆け寄ったジョンに倒れたエミリーが呟いた言葉を思い出しながら。

その頃、フレディは相変わらず酒と女に溺れたまま。エミリーを救えなかった悪夢にもうなされ、思わずメアリーに電話する。涙が止まらない。二人は夜のダイナーで話し合う。最初は理解し合えたが、メアリーの「今のあなたには憐れみだけ」という本音がフレディを怒らせる。やはり「あいつを殺す」しかない。フレディは立ち上がった……。

“心の監獄”に囚われたままでいる男たち。ラスト10分。ペン監督は男たちに台詞を語らせることなく静かに描いていく。必死に逃げ、追うジョンとフレディが向かっていく場所とは? そして最後の最後で訪れる“夜明け”とは? 実はこのシーン、何も決まらないまま撮影が始められたという。

始めた時に見えたんだよ。最初からあの結末を求めていたのかもしれない。だって、いつも考えていたんだ。撮影のしようがなかったけど……この映画の後ろにいる大切な登場人物は“天使”だってね。


予告編


『クロッシング・ガード』

『クロッシング・ガード』






*日本公開時チラシ

*参考・引用/『クロッシング・ガード』パンフレット
*このコラムは2017年10月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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