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20センチュリー・ウーマン〜1979年に生きる女たちと音楽を描いたマイク・ミルズ監督作

2023.12.25

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『20センチュリー・ウーマン』(20th Century Women/2016)


『20センチュリー・ウーマン』(20th Century Women/2016)は、母と息子、そして女たちの物語でもあると同時に、社会や文化の変革期を捉えた作品だった。“時代の空気”という本来目に見えないはずのものが観ているうちに手に取れるような、そんな体験をさせてくれる119分間。優れた映画というのはエンディングロールで終わらない。観る者の心に枝葉を広げる。

アメリカの100年の歴史を大まかに辿ってみると、好景気に沸いたローリング・トゥエンティーズで幕開け、30年代の大恐慌、40年代の第二次世界大戦を経て、その後マイホーム主義の中でティーンエイジャーが台頭する50年代、ポップアートやヒッピーやロックといったカウンターカルチャー全盛の60年代が過ぎていった。

『20センチュリー・ウーマン』の舞台となるのは70年代の終わり。当時のアメリカ大統領ジミー・カーターは、任期最後となる1979年の夏に「自信喪失の危機スピーチ」として知られるTV演説を行った。

国民は今や人生の意義を見出せず、国のために団結することもない。我々の多くが崇拝しているのは贅沢と消費です。しかし、確かなのは、物質や消費行動だけでは生きがいは得られない、ということ。我々は長年、人類の偉大な歩みに貢献すべく自由を追い求めてきました。今、国は歴史の岐路にある。分裂と利己主義の道を選べば、誤った“自由”に囚われ、衰退の一途をたどるでしょう。(ジミー・カーター)


アメリカはこの後ロナルド・レーガン政権が生まれ、富への欲望が膨らんで、ヤッピーとエイズとMTVの80年代に突入。さらに90年代のインターネット革命、ゼロ年代の9.11や経済格差、現在のトランプ政権……といったように混沌とした時代の中を猛スピードで進んで行く。

脚本/監督はマイク・ミルズ。もともとデザイナーやアーティストとしての一面も持ち、NYアートシーンや郊外(サバービア)の風景を描くのがうまい人。前作『人生はビギナーズ』(2010)では、75歳でゲイであることをカミングアウトした父親と自身の関係を反映させて話題になったが、本作では母親に視点を移した。

母を太陽とすれば、太陽の周りを回る惑星にはいろんな人たちがいる。なんだかちょっと凸凹な人たちがいる。それを1970年代後半のカルチャーも含めたポートレイトにしたいなと、ぼんやりだけど最初から考えていた。


実際に母親と二人の姉に囲まれて環境で育ったミルズは、常に周囲の女性たちを観察しながら多くのものを学んだという。さらに1979年を「今につながる現代社会のスタート地点」とした。

パンクは76年くらいに生まれた音楽カルチャーだけど、アメリカの田舎のティーンエイジャーの耳にまで届くようになったのが79年だった……アップルコンピュータが生まれ、前年には試験菅ベビーが生まれ、ティーンも親の許可なく避妊具や妊娠検査薬が買えるようになった。


監督自身が生まれ育ったカリフォルニア州サンタバーバラを舞台に、母と息子と女たちが織り成す1979年のひと夏。パンクやニューウェイヴ音楽に夢中の15歳の少年ジェイミー。一人息子の彼を40歳で出産して今はシングル&ワーキングマザーとなった55歳のドロシア(アネット・ベニング)。

二人の家に下宿する24歳の写真家アビー(グレタ・ガーウィグ)はNYでアーティストを目指していたが、子宮癌を患いサンタバーバラに戻ってきた。パンクロックとデヴィッド・ボウイが大好きで髪を赤く染めている。一方、幼馴染みの17歳のジュリー(エル・ファニング)は家族と打ち解けられず、夜になるとジェイミーの部屋に忍び込んで来る。何でも話せる関係にありながらセックスはしない。友達以上恋人未満の関係が続いている。

1924年に生まれ、女性パイロットに憧れ、ジャズとハンフリー・ボガードを愛するドロシアには、息子の感情が分からなくなっていた。ある日、ドロシアがアビーとジュリーに提案する。

「ジェイミーを助けてやって。この混沌とした時代に自分を保って生きていくのは難しい。でも私はついててやれない。子離れしなきゃ。私一人の支えじゃとても足りないわ……ジュリー、あなたはあの子のことを誰よりも知ってる。見守ってやってほしいの。アビー、あなたは生き方や興味の対象を見せてやって」

そうしてそれぞれの物語が始まっていく。思春期の少年の成長を描きつつ、20世紀の終わりに向けて力強く突き進んでいく女たちの姿。99年に亡くなるというドロシアの“未来からの言葉”が心を打つ。ドロシアを演じたアネット・ベニングは「キャリア史上最高レベルの演技を披露した」と絶賛された。

ミルズ監督は撮影前に、それぞれのキャラクターのテーマ曲を数曲選んで全員にメールで送ったそうだ(エル・ファニングにはフリートウッド・マックやスティーヴィー・ニックス!!)。リハーサル期間では、毎日いろんな音楽をかけてみんなで一緒に踊ってもらった。会ったこともない人たちと真っ昼間から踊るくらい恥ずかしいことはなかったらしいが(グレタ・ガーウィグ談)、でもそのおかげで『20センチュリー・ウーマン』には不思議な躍動感が芽生えた。音楽のチカラが素晴らしい。

ブラック・フラッグのレコードやザ・クラッシュの写真も飛び込んでくるこの映画のサウンドトラックには、ルディ・ヴァリー、ルイ・アームストロング、ベニー・グッドマン、フレッド・アステアから、トーキング・ヘッズ、ディーヴォ、スーサイド、スージー・アンド・ザ・バンシーズ、ザ・レインコーツ、バズコックスまでが収録されている。

予告編


『20センチュリー・ウーマン』 /></div>
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『20センチュリー・ウーマン』






*日本公開時チラシ

*参考・引用/『20センチュリー・ウーマン』パンフレット
*このコラムは2018年1月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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