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ナイト・アンド・デイ〜ポピュラー・ソングに“永遠の若さ”を刻んだコール・ポーター

2018.03.14

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「壮大な音楽探求」の旅路を愛する人たちがいる。英米や日本のオールドロックの呪縛から解き放たれ、世界中の国々や土地の音楽、ロック以前以外の時代やジャンルの音楽を開拓している。あるいは映画や文学、歴史や文化や経済など様々な観点も含めて楽しんでいる。このコラムに繋がったのはきっとそんな人だと思う。

音楽の場所や時を自由自在に移動しながら旅することは、たとえそれが部屋や頭の中であっても立派な体験になり得る。何も無理に最新の音楽やヒットチャートに触れることだけが「素敵な音楽探求」ではないからだ。しかし、旅人たちはすべてを知りたがる。別に悪いことじゃない。いつまでも一つの音に縛られているよりは。

一方で、人生における避けがたい何かしらのしがらみ、加齢による新しい趣味の広がりにより、音楽から距離を置かざるを得なくなったり、興味自体が薄らいでしまう人だっている。生きていればごく自然のことだ。音楽を仕事にでもしない限り、むしろ当たり前だ。

TAP the POPはそんな人々がネットやSNSでたまたま記事を見かけ、かつての音楽愛を再燃させる役割を果たすこともある。きっかけは昔慣れ親しんだオールドロックやパンク/ニュー・ウェーヴあたりとなるケースが少なくない。一同としては嬉しいことだが、どうかそこに懐かしさのあまり安住しないでほしいとも思う。成長しないイノセンスほど空虚なものはないのだから。

音楽の旅人たちは、多くの歌手やバンド、ソングライターたちに出逢いながら、自分だけの旅を歩んでいく。例えばアメリカ音楽を訪れる時、ロック以前のR&B/ブルーズ、カントリー/フォーク、ジャズ、ゴスペルなど、黒人やアイルランド系が育んだ足跡や風景は強烈な体験となって心を打つ。

また、当時のメインストリームだったミュージカルやスタンダードソングの洒落が効いた静と動が交錯する光景にも魅せられることだろう。1950年代、40年代、30年代、20年代、10年代……もっと深く夢の中へ。

そんな旅路であなたが必ず耳にするのは、ジェローム・カーン、アーヴィング・バーリン、ジョージ・ガーシュイン、リチャード・ロジャースらといったソングライターだ。アメリカン・ポピュラー・ソングの黄金時代を担った音楽家たち。

中でもコール・ポーターは「ソフィスティケイテッド(洗練された)」という言葉が最も似合った作詞作曲家。この時代を愛するウィリアム・ジンサーは自身の著書『イージー・トゥ・リメンバー』でポーターをこう表現している。

世の中にはこんなに素晴らしいものがあるのかと子供心に感動した。ポーターの歌詞には私が知らない世界が描かれていた。リッツ・ホテルに泊まり、リヴィエラで夏を過ごすような裕福で特別な人々が登場し、しかも彼らはそんな生活に少しうんざりしていた。

曲が作られた当時の熱気や興奮の余韻をコール・ポーター以上に残しているソングライターは、アメリカ中どこを探しても他にいない。ジョージ・ガーシュインでさえ、この点ではポーターにはかなわなかった。

結婚式や夜通しのダンスパーティにぴったりの曲。彼が我々に遺してくれたのは、永遠の若さという幻想に他ならなかった


1891年6月、インディアナ州の裕福な家庭で大富豪の孫として生まれ育ったポーターは、幼い頃からピアノを習って音楽に慣れ親しんでいた。東部のイェール大学に進学しても法律科での勉強をよそに音楽サークルや劇団で活躍。フットボール・チームの応援歌も書いて学内中の人気を得た。

卒業後は本格的に音楽活動に挑むも失敗。傷心のまま海を渡ってパリやリヴィエラで過ごした。彼はそこで生涯のテーマである「物質的快楽に飽きた上流社会の人々の世界を歌で表現する」ことを見つけた。1919年に結婚した旧家の娘リンダ・リー・トーマスも影響を与えた。

例えば「アイ・ゲット・ア・キック・アウト・オブ・ユー」のヴァース。

語るに忍びない悲しい話
でも何をやっても熱くなれない
たった一つの例外は
つまらないパーティに出掛けて行って
退屈な気分と戦いながら
ふと振り向くと
あなたの素敵な笑顔がそこにあるとき


華やかな世界に身を置きながらも、何とかして音楽の道へ進みたかったポーターは、10年にも渡る試行錯誤と自信喪失の繰り返しの末、遂にミュージカル『パリ』『五千万人のフランス人』がヒットしてようやく努力が実る。1920年代が終わろうとしていた頃だ。

30年代前半、フレッド・アステアのために「ナイト・アンド・デイ(夜も昼も)」を書く頃になると、いよいよポーターの才能はミュージカルの舞台や映画を通じて絶頂期を迎える。

「ラヴ・フォー・セール」「これが恋というものかしら」「エニシング・ゴーズ」「ビギン・ザ・ビギン」「イージー・トゥ・ラヴ」「アイヴ・ガット・ユー・アンダー・マイ・スキン」「イン・ザ・スティル・オブ・ザ・ナイト」「ユード・ビー・ソー・ナイス・トゥ・カム・ホーム・トゥ」「エヴリ・タイム・ウィ・セイ・グッバイ」……これらの曲はあらゆるジャズマンやジャズ歌手、ポピュラー歌手などによって今も歌い継がれている。一度も聴いたことのない人はいないだろう。

しかし、1937年。ポーターは乗馬中の事故で大怪我を負い、その後35回もの手術を受けることを余儀なくされた。後遺症に悩まされながら、それでも洗練された陽気で若々しい曲を書こうとしたポーターは、1948年にミュージカル『キス・ミー・ケイト』を発表。1956年の映画『上流社会』では、主演したビング・クロスビーやフランク・シナトラのような甘い声が際立つ曲を書いて更なる評価を高めた。

最後に作曲したのは1953〜54年、パリを舞台とした二つのミュージカル。「アイ・ラヴ・パリ」はタイトルからも想像できる内容の曲で、ニューヨークのホテルで晩年を過ごしながらも、ソングライターの心の故郷はいつまでもパリだったことが伺える。1964年10月15日死去、享年73。

コール・ポーターの洗練された世界観に触れたい人は、エラ・フィッツジェラルドの『シングス・ザ・コール・ポーター・ソングブック』(1956)やオスカー・ピーターソンの『プレイズ・ザ・コール・ポーター・ソングブック』(1959)、ケイリー・グラント主演の映画『夜も昼も』(Night and Day/1946)、伝記映画『五線譜のラブレター』(De-Lovely/2004)といったあたりがオススメだ。



映画『夜も昼も』予告編

映画『五線譜のラブレター』予告編

『夜も昼も』

『夜も昼も』


*日本公開時ポスター(上)とパンフレット(下/昭和26年版)



*参考・引用/『イージー・トゥ・リメンバー』(ウィリアム・ジンサー著/関根光宏訳・国書刊行会)、『夜も昼も』パンフレット(昭和26年版)

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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