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ロスト・ハイウェイ〜たった1シーンに凝縮されたデヴィッド・リンチの世界

2019.04.12

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以前、デヴィッド・リンチ作品について触れた時、その独特の世界観に好き嫌いがはっきり分かれると書いた。色彩感覚溢れる映像美、拘り選び抜かれた音楽から、普通ではないクセの強い登場人物、暴力や死やセックスの表現方法まで、まさに唯一無比のリンチ・ワールドとでもいうべき時間と向き合えるかどうか。

好きな人にとっては、デヴィッド・リンチは最高の監督に違いない。小説の1ページ目から読者をがっつり引きつける作家がいるのと同じように、リンチは最初のワンカットから観る者をその強烈な世界に誘える希少な映画作家といえる。「この人にしか作れない映画」「誰にも真似できない映画」を作れる人。かといってアートフィルムと呼ぶような非商業主義でもない。

例えば『ブルー・ベルベット』『ツイン・ピークス』『ワイルド・アット・ハート』で“やられた”人は多い。言ってみれば、リンチ映画は常用性・中毒性が高いドラッグのようなもの。作品をまともに理解しようとすれば、それは虚しい努力に終わる。謎は永遠に解決されない。大事なのは全編を貫く一つの確固たるムードやイメージであり、理解や解決といった答えを求める類いではない。

デヴィッド・リンチ監督は、「映画の半分は映像で、もう半分がサウンドだ」と言い切るように、音楽をとても大事にする映画作家でもある。『ブルーベルベット』ではロイ・オービソンの「In Dreams」、『ワイルド・アット・ハート』ではエルヴィス・プレスリーの「Love Me Tender」が効果的に使われた。

音に語らせ、音を感じ取らなければならない。私は非常に多くの音楽を耳にした。その中の幾つかはこのシーンにはこの曲、あのシーンにはこれをと、語りかけてくる。なぜかは分からないけど、各々の曲はシーンをサポートし、全体をより素晴らしいものにしてくれた。


『ロスト・ハイウェイ』(Lost Highway/1997)の制作における言葉だ。突然、全く異なる人格・友人などを持ってしまう病「サイコジェニック・フーガ」(心因性記憶喪失)を取り入れたこの作品も、当然のように理解や解決を期待してはいけない。つまり、ムードやイメージを心地よく感じるためには、音楽のチカラが必要不可欠なのだ。本作ではデヴィッド・ボウイ、トレント・レズナー/ナイン・インチ・ネイルズがそれにあたる。

また、1997年といえば、あの『タイタニック』が公開された年。誰にでも理解・解決できる愛の感動作が空前の大ヒットを飛ばしていた頃、デヴィッド・リンチはひっそりとハリウッドの片隅でノワール映画の暗闇に取り憑かれていた。

「前に会いましたね」
「どこで会ったと?」
「お宅でですよ。ご記憶は?」
「……まるでない。確かに家で?」
「その通り。実際に私は今も、あなたのお宅にいます」
「……どこにいるだって?」
「あなたの家に」
「……君はイカれてるよ」


夜のパーティシーン。主人公が初対面の不思議な男と交わすセリフだ。トラブルに巻き込まれる男と女たち。次第に危険な状況へと引き込まれていく。出来事は夜にしか起こらない。フィルム・ノワールの美学を凝縮したような、恐ろしくも素晴らしいシーンだった。『ロスト・ハイウェイ』の魅力を伝える時は、これだけで十分だ。

予告編


『ロスト・ハイウェイ』


*日本公開時チラシ

*参考・引用/『ロスト・ハイウェイ』パンフレット

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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