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her/世界でひとつの彼女〜スマホ片手に都会で虚しく静かに生きる人たちへ

2019.04.24

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『her/世界でひとつの彼女』(Her/2013) の主人公セオドア(ホアキン・フェニックス)は、昔は新進気鋭の書き手だったが、今はネット企業に勤めていて代筆ライターの仕事に就いている。妻とは1年以上別居しており、離婚調停中だ。女友達が気にかけてくれるが、紹介された相手と深い関係になることはなく、正直セオドアは妻との楽しかった想い出の中で“虚しく静かに”生きている。

物語の舞台はちょっと未来のロサンゼルス。だから、人も風景も現在とたいして変わらない。セオドアが住んでいるのは眺望の良いタワーマンション。と言っても、見えるのは同じような高層ビルだけ。昼間の空の色はブルーというよりどこかグレー。こんなところにいると、想い出は“自分に都合よく”勝手にアップデートされていく……。

映画が始まってからしばらく、なんとも言えない切ない感じ。それでいて妙に懐かしくもあり、心地良い感じにも包まれた。多分、自分も同じような経験をし、同じような場所で暮らしてきたからだろう。

運河に架かった橋を歩く蟻のように見える人々がどんな服を着ているのか、雨がどれくらい降っているのか、そこからは何も感じない。自分の場合、あの時生まれた感覚を「書かなければ」と思い、2016年にWebマガジン(TOKYOWISE)で配信させてもらった。

こんな日々を重ねていると、東京がまるで巨大なWebサイトのように見えてくる。丸の内や汐留のオフィスビルにはビジネスやマーケティング情報、渋谷や銀座の商業施設にはファッションやカルチャー、豊洲や勝どきのマンションには消費トレンド、六本木のレジデンスやラグジュアリーホテルには男女関係に関するコンテンツが詰まっているわけだ。

実際に街へ出ても、それらをクリックして中へ入っていく感覚はすでになく、スマホの画面をタップしてSNSの投稿を次々とフリックしているような、上滑りしていく浮遊感だけが強く残る。


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人工的なバベルの塔と、申し訳程度の緑地がついたショッピングモール的空間の量産は、ただでさえ防犯監視カメラが大量に設置された街から、新しい世代や若いスピリット、色気と体臭で繋がったポップカルチャーを奪っていく。

常にどこかから工事の騒音が聞こえる“現在新光景”が構築される中、デジタル・ネイティヴの子供たちはゲームとスマホをやりすぎてしまったせいで、もはや何がリアルで否か、「東京」と「TOKYO」の区別さえついていない。未来を担う少年少女たちの心には“風景のロスト感覚”は宿るのか?


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父親は今の自分の年齢と同じくらいの時、もっと大人ではなかったか? 戦争を知っている今の70代後半以上の世代が20歳だった時、年を取るということにはもっと重みがなかったか? 1969年の30歳は学生たちから“あちら側の大人”として扱われる羽目になったのに、どうして2010年代の30歳や40歳はまだ“こちら側の若者や女子”でいられるのか?

そうしたパラレルワールドのマジョリティたちが醸し出す何かキラキラしたもの、何かギラギラしたものが絡み合い、それは“盛られた出来事”や“加工された画像”を通じてシェアされ、やがて人々の言動や空気となって夜の街に漂っていく。


『her/世界でひとつの彼女』の主人公セオドアはこんな世界に生きていた。だからこそ人工知能のOSに手を出したのだ。愛の復活を願いながらどうしようもできない者にとって、純真で、セクシーで、ユーモアがあるAIが話し相手(スカーレット・ヨハンソン)になってくれるなら、リアルであるかどうかなどの問題ではない。ただ一つ、世界の全てを知ろうとする彼女が凄まじい勢いで“進化”することを除けば。

スパイク・ジョーンズ監督は言う。「テクノロジーが、僕らが人と結びつき合うことをいかに助けているのか、いかに妨げているのかについて描きたかった。そしてこの映画で人が人と繋がり合いたいという願望とその必要性について描いたつもりだ」

この映画はPCやスマホが欠かせない人ほど、ぼんやりと眺めて観るのが一番いい。人間とAIの恋をサポートするための「代理セックス・サービス」を試みる主人公セオドアとAIサマンサ。このシーンをウトウトとぼんやりと眺めながら、近い将来こんなことも当たり前になってくるんだなと、目を閉じた。(中野充浩)

予告編。音楽はアーケイド・ファイアらが担当。


『her/世界でひとつの彼女』

『her/世界でひとつの彼女』


*日本公開時チラシ

*参考・引用/『her/世界でひとつの彼女』パンフレット、TOKYOWISE

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
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