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ジョーカー〜『タクシー・ドライバー』に影響を受けた孤独と哀しみに満ちた男の物語

2023.10.07

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『ジョーカー』(Joker/2019)


『ジョーカー』(Joker/2019)を自腹で観てきた。おそらく来年のアカデミー賞では作品賞・監督賞・脚本賞・主演男優賞あたりを独占すると思うが(このコラムが書かれたのは2019年10月。結果はご存知の通り)、ここではそんなことは重要じゃない。

これほどの孤独と哀しみに満ちた作品がたくさんの人々に観られていること自体に驚く。きっと今自分がいる場所・街・国の姿に大きく重なる部分があるからだろう。もはやコミックの世界を超えた。これは完全なリアルだ。

たとえバットマンを観たことがなくても、ジョーカーを知らなくても全然構わない。なぜならコミックスの中でスーパーヴィラン(悪役)であるジョーカーの誕生秘話はこれまで一度も描かれたことはなく、この映画では独自のストーリーを作り上げてオリジン(起源)に迫った。心優しき男はなぜジョーカーになったのか。そんな人物描写を重視した。

監督と脚本を担当したトッド・フィリップスは、この試みに挑むにあたって『タクシー・ドライバー』『キング・オブ・コメディ』『カッコーの巣の上で』『セルピコ』『狼たちの午後』といった映画から大きな影響を受けたそうだ。映画を観て設定や雰囲気が似ていると思った人もいるはず。どれも人物描写に優れた作品ばかりが並ぶ。

ジョーカーを演じたのはホアキン・フェニックス。過去にはジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトらが演じてきたが、彼らはあくまでも「ジョーカー以後」であり「ジョーカー以前」ではなかった。ホアキンは「人生に簡単な答えはない」ということを伝えたかったという。

もう一度言おう。もはやこれは完全なリアルだ。物語の舞台となるのはゴッサム・シティ。格差が広がり、腐臭が充満し、治安が悪化する都市。ピエロの派遣プロダクションに所属するコメディアン志望の男アーサー・フレックは、社会的弱者であり、生活は底辺を彷徨っている。

裏通りでストリートギャンクから袋叩きにされ、家に帰れば精神を病んだ母親の介護に追われる。幼少時の脳損傷が原因で、極度の緊張状態になると笑いの発作に襲われる持病がある。

アーサーはそれでも「世の中に笑いと喜びを届けるため」に単調で絶望的な日々を生き抜こうとする。しかしその努力は実らない。ナイトクラブのステージでは笑い一つ取れない。彼の唯一の楽しみは、人気司会者マレー・フランクリンのTVバラエティショーを母親と一緒に観ることだけ。

仕事仲間から護身用の拳銃を渡されたアーサーは、派遣先の小児病棟で過って銃を落としてしまう。これが原因で仕事を失い、予算削減で頼みの福祉プログラムも打ち切られる。ピエロのメイクのまま乗った地下鉄では、選民意識の高い傲慢なビジネスマンたちから差別的暴力を受ける。アーサーは身を守るために思わず撃ち殺してその場を走り去った。

金持ちだけが優遇される社会に不満が最高潮に達しているゴッサム・シティでは、「地下鉄事件の犯人」が英雄視され始める。その頃アーサーは母親から、大富豪で選挙に出馬予定の権力者トーマス・ウェインの使用人時代、彼と不倫関係になり子供を作ったという話を聞かされる。つまり「お前の父親」だと。

州立病院で出生記録を調べるアーサーだが、自分は養子で母親と血縁関係すらなく、交際相手の虐待で脳に損傷を負ったことを知る。すべてが嘘に過ぎなかった。デモが過激化する中、アーサーはマレーの番組の生放送に出演。そして本番前にこう言う。「僕のことは本名ではなく、ジョーカー(冗談屋)として紹介してほしい」……。

アーサーはもともと人を笑わせ、笑顔にすることだけを考えていた。だからピエロとなり、コメディアンを目指そうとする。世の中に喜びを届けたい一心で。ところがゴッサムの劣悪な空気がアーサーを蝕んでいく。思いやりや共感にかけ、治安が悪化した世界。そこから生まれるのがこの作品のジョーカーなんだ。(共同脚本のスコット・シルバー)


タクシー・ドライバー』のトラビス(ロバート・デ・ニーロ)は、孤独と怒りの中で自ら私刑人になってゴミクズどもを始末した。果たしてジョーカーの場合は?

映画の予告編








*日本公開時チラシ

*参考・引用/『ジョーカー』パンフレット
*このコラムは2019年10月に公開されたものを更新しました。

評論はしない。大切な人に好きな映画について話したい。この機会にぜひお読みください!
名作映画の“あの場面”で流れる“あの曲”を発掘する『TAP the SCENE』のバックナンバーはこちらから

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