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フェアポート・コンヴェンション~サンディ・デニーの加入と大きな悲しみを経て英国フォーク・ロックは始まった

2019.12.09

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英国トラッド・フォークとロックを融合させた独特なサウンドが魅力のフェアポート・コンヴェンション。バンドが結成されたのはもう50年以上前のことだ。

1966年、当時21歳だったベースのアシュリー・ハッチングスが、16歳のサイモン・ニコルと17歳のリチャード・トンプソンという才能ある若い2人のギタリストと出会いバンドを結成、翌年には17歳のマーティン・ランブルがドラマーとして加入した。
そして、平均年齢がまだ10代というその若き才能が、アメリカ人音楽プロデューサー、ジョー・ボイドの目に留まる。

さらに女性ヴォーカルのジュディ・ダイブルが加入し、1968年のデビュー・アルバムをリリースした頃は、アメリカ西海岸の音楽をいち早く取り入れたスタイルで、「英国のジェファスン・エアプレイン」と呼ばれていた。
彼らはジョー・ボイドの“コネ”によって、まだその頃無名だったジョニ・ミッチェルやレナード・コーエンらの楽曲を聴くことができたため、それらの曲をすすんでカヴァーし演奏した。そうして彼らの名前を英国に広めたことから、フェアポート・コンヴェンションの名前が国内で次第に知られるようになった。

しかしファースト・アルバムがリリースされた直後、ヴォーカルのジュディ・ダイブルが脱退。代わりの女性ヴォーカルとして、その頃すでに英国フォーク界では名が知られていたサンディ・デニーが加入する。



これがバンドにとって1つ目の大きな転機となった。

サンディがフォークのレパートリーをバンドに持ち込んだことで、アメリカ西海岸の音を模倣していた路線から英国フォーク・ロックを目指す道へと、大きく舵を切ることになったのだ。
1969年1月にリリースされたセカンド・アルバム『What We Did On Our Holidays』では、まだボブ・ディランやジョニ・ミッチェルのカヴァー曲も収録されているが、サンディが英国の伝統歌から強く影響を受けて書いた曲「Fotheringay」がアルバムのオープニングを飾り、それまでとの変化を印象づけた。

「Fotheringay」



続けて同年7月には3作目のアルバム『Unhalfbricking』がリリースされる。
このアルバムにもボブ・ディランのカヴァー曲が数曲収録されているが、サンディがフォーク・クラブで歌っていた伝統歌を取り上げ、ロック・バンド編成で即興ジャムセッションの演奏を交えて11分を超える楽曲に仕上げた「A Sailor’s Life」は、その後の展開を予感させる刺激的な内容になっている。

「A Sailor’s Life」


だが、このアルバムがリリースされる前に悲劇が起きる。
バーミンガムでの公演を終えて、機材を詰め込んだバンにメンバー達が乗り込み、ロンドンに戻る途中の高速道路で自動車事故に遭ってしまう。車外に投げ出された彼らは皆骨折などの重軽傷を負い、マーティン・ランブルとリチャードの恋人が命を失ってしまった。別の自動車に乗って移動したサンディは幸い無事だった。

大好きな友人2人を失ったことはひどい衝撃だった。これはやる価値があるのかなとも考えた。でも、もし立場が逆だったら、マーティンはどうするだろうと考えると、彼はバンドを続けると思った。そして、メンバーはみんな同じ結論になったんだ。他のメンバーを代弁できないけど、僕は続けたかった。僕らがそれまでにやってきたことの上に積み上げていきたかった。
ー(サイモン・ニコル、インタビューより)

メンバーそれぞれが、体と心の傷と向き合い、体の回復とトラウマの克服に時間を費やしながら、少しずつ次のアルバムの準備へと取りかかった。新しいドラマーにはデイヴ・マタックスが加入した。また、ロック・バンドとしては珍しいフィドル奏者として、デイヴ・スウォーブリックを正式メンバーに迎え入れた。

そして彼らは1969年12月、アルバム『Liege & Lief』をリリースする。
これは、伝統歌のロック編曲を主体にした画期的なアルバムだった。発売時の宣伝文句では「史上初の英国フォーク・ロックのLP」と謳われた。
メンバー自作の楽曲と伝統歌の境目がわからないくらいに、彼らはソング・ライティングにも腕を上げ、トラッド・フォークとエレクトリック・ロックが融合した楽曲が揃ったアルバムとなった。
まさに英国フォーク・ロックが始まった瞬間だった。

「Matty Groves」


このアルバムのリリース直後にサンディ・デニーとアシュリー・ハッチングスが脱退してしまうが、サンディ・デニーの強く深みのある声は、在籍期間が短かったにもかかわらず、フェアポート・コンヴェンションのヴォーカルとして強い印象を残す。
英国フォーク・ロックの誕生に関わったサンディ・デニーの功績は大きかったと言えるだろう。


参考文献:CROSSBEAT Special Edition 「フェアポート・コンヴェンション featuring リチャード・トンプソン」 監修 五十嵐 正

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