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パンクの精神を受け継いだ80’sのギター・ポップ・バンドたち① 〜オレンジ・ジュースとポストカード・レコーズ〜

2020.01.21

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1970年代後半、イギリス中を席巻したロンドン・パンク・ムーブメントは、セックス・ピストルズの解散以降下火になっていった。
しかしパンク・ロックに衝撃を受けた多くの若者たちが、自ら楽器を持ち「パンク・ロック以降」の音楽を鳴らし始める。
そうして1980年代は、新しいスタイルの音楽たちが誕生していくポスト・パンクの時代に突入したのである。

そんな1980年に生まれたジャンルの一つが、ギター・ポップ、あるいはネオ・アコースティックと呼ばれる音楽たちだ。
この呼称は日本独自のものであるとされているが、あらゆるポップスのエッセンスをパンク由来のラフな演奏で表現したギター・ポップのバンドたちは、のちのポップミュージックの歴史に大きく影響を与えた。

ギター・ポップの発祥の地とされているのは、1970年代末のスコットランド。当時グラスゴーの芸術大学に通っていたエドウィン・コリンズとアラン・ホーンという二人の青年が出会ったことから始まる。

エドウィンは1976年に大学に入学すると、仲間たちと共にパンク・ロックバンドニュー・ソニックを結成。
当時、イギリスを席巻し始めていたパンク・ロックのムーブメントの影響を受け彼は楽器を手に取ったのだ。
しかし、エドウィンは3年ほどでパンク・バンドとしての活動を終了させる。

「パンク・ロックのように、いかにも男性的でマッチョさを伴う音楽というのが、どうも嘘くさく思えてきたんだ」

「パンクのムーブメントは音楽的な発展がないまま、すぐにしぼんでしまった。だから僕は、たとえ少しくらい女々しいと思われたとしても、自分に正直で、かつ音楽的な発展があるレコードを作りたかったのさ」
(ミュージック・マガジン増刊『ギター・ポップ・ジャンボリー』より引用)


彼はパンクの持つ荒々しさを残しながらも、そこに様々な音楽の文脈を取り入れて音楽的な発展性を見出そうとした。
その結果1979年に結成されたのが、オレンジ・ジュースであった。エドウィンはロックンロールやカントリー、R&Bやファンクといった音楽を参照点に、パンクの精神をアップデートしようと試みた。
そして、オレンジ・ジュースの挑戦に新しい可能性を感じたのがエドウィンと同じ大学に通い、バンドのマネージャーを務めていたアラン・ホーンである。
アランはオレンジ・ジュースの音楽をスコットランド中の若者たちに届けるべく、インディーズ・レーベル「ポストカード」を設立する。
このレーベルのキャッチコピーは「ザ・サウンド・オブ・ヤング・スコットランド」。モータウンが提唱した「サウンド・オブ・ヤング・アメリカ」に倣ったものだ。
さらに「自分たちの手で音楽を送り出す」という発想は、パンクのDIY精神を受け継いだものである。

ポストカードの理念は、オレンジ・ジュースと同じようにパンクの精神と過去の音楽のエッセンスを掛け合わせたものであった。

そして1980年の2月、ポストカード・レコーズからの最初のシングル‘Falling And Laughing’がリリースされる。



この楽曲は、パンク・ロックのようなシンプルなドラム・ビートの上で、少しヨレたファンキーなギターのカッティングやダンサブルなベースラインが鳴り響く。
そして、エドウィン・コリンズの少し籠ったセクシーな声や、牧歌的で歌い上げるようなメロディラインはエルヴィス・プレスリーからの影響を感じさせながらも、初々しさや繊細さが目立つ。
オレンジ・ジュースは、パンク・ロックのシンプルで衝動的な演奏でありながら、パンク・バンドのように過去の音楽を否定するのではなく、様々なエッセンスを取り入れた。
そしてそこに、個人の演奏や声のクセを素直に反映させることで、パンク以降の新しい音楽を生み出そうとしたのである。

オレンジ・ジュースは、ポストカードから4枚のシングルをリリースしたのち、1982年に名門レーベル、ポリドールと契約。
翌年発表したシングル「Rip It Up」が全英チャート8位にランクインする。


パンクの精神を引き継いだ若者たちによって生み出された音楽はスコットランドを飛び出し、イギリスの音楽に新たな潮流をもたらしたのだ。

Orange Juice『Rip It Up』
Polydor

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