ミュージックソムリエ

新しい生命と去りゆく命の中で生まれたボビー・ハンフリーの「サテン・ドール」

2016.08.22

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「Another Star」/Stevie Wonder



1976年のスティーヴィー・ワンダーの大ヒットアルバム『キー・オブ・ライフ』に収録されている8分超にも及ぶ大作「アナザー・スター」で、6分を過ぎた辺りからゴキゲンなフルート・ソロを聴かせてくれるのは、女性フルート奏者のボビー・ハンフリーだ。彼女もレア・グルーヴ再評価により、2000年代以降クラブなどで人気のアーティストだ。

1950年テキサス生まれのボビー・ハンフリーは、ダラスの大学在学時に彼女の演奏を聴いたディジー・ガレスピーから、「ニューヨークに行けば1~2年以内に全世界に知れ渡るほど有名になるに違いない」と言われ、早速1971年にニューヨークへやって来た。所持金はたったの400ドル。ニューヨークに到着するや否や、自作のテープを持って自分の足で色々なレコード会社を訪ね回った。

そして、ニューヨーク到着から3日目、デューク・エリントンの楽団でトランペットを吹いていた従兄弟を訪ねてツアーバスに乗り込み、デューク・エリントンに直訴した。

「一緒に演奏をさせてください。あなたの音楽を聴いてずっと勉強してきました。」


強引な売り込みとその熱意にデュークが折れ、ボビーはデューク・エリントン・オーケストラとの共演を実現させた。

その数日後に今度はセントラル・パークでのハービー・マンのコンサートを訪ね、「私に演奏させてください。私はデューク・エリントンとも共演しました!」と半ば強引にステージに上がり、共演を果たしたという。

そしてニューヨークに来て3週間目、ついにボビーはブルーノートと契約を取り交わした。
ボビーはブルーノートと契約した初の女性アーティストだった。

ブルーノート・レコードの社長に就任したばかりのジョージ・バトラーのプロデュースにより、2枚のアルバムをリリースした後、ボビーはよりファンクなサウンドを求め、ミゼル・ブラザーズにプロデュースを依頼した。
ミゼル・ブラザーズのフォンス・ミゼルは当時モータウンの作曲チームのザ・コーポレーションで、ジャクソン5の楽曲などを手がけていた。そのフォンスと弟のラリーによるミゼル・ブラザーズが、ブルーノート所属のドナルド・バードと制作していたアルバムからの数曲をジョージの秘書から聴かせてもらったことから、ボビーはこのファンクなサウンドが自分にも欲しいと、ジョージを強く説得したのだそうだ。
そうして1973年に録音されたアルバム『ブラックス・アンド・ブルース』は、翌年のジャズ・アルバム・チャートで2位を記録するヒットとなった。

bobby_humphrey

その1974年、デューク・エリントンが亡くなった。
ちょうど同じ頃、ボビーは出産のため病院にいた。

私が(ブルーノートと)契約をする前に、一緒に演奏するチャンスを得た初めての大物ミュージシャンが、デューク・エリントンだったの。そして、折しも私の娘が生まれた時に、彼が亡くなった。これは一生忘れられない事よ。予定日を間近に控えた私を、友人のスティーヴィー・ワンダーと彼のガールフレンドが訪ねて来てくれて、一緒にいてくれたの。私たちは、ラジオでデューク・エリントンのお葬式の模様を聞いたわ。私は、ジョージ・バトラーに、デュークに捧げるために「サテン・ドール」をカヴァーしたいって伝えたの。


「Satin Doll」/Duke Eliington



1975年に発売されたアルバム『サテン・ドール』のジャケットを飾るのは、この時に生まれた娘の写真だ。
アルバム全編に娘の誕生の喜びがあふれていて、ボビーの自由で伸びやかなフルートが冴え渡り、時にキュートなヴォーカルも聴かせてくれる。
プロデュースは前作に続いてミゼル・ブラザーズ。フュージョン~ファンク色の強いこのアルバムは1975年のジャズ・アルバム・チャートで6位、R&Bアルバム・チャートでも5位を記録する売上となった。
カヴァー曲「サテン・ドール」では、デューク・エリントンに最大の敬意を表しながらも、ファンキーでダンサンブルなナンバーに仕上がっている。

これが私の愛しい”サテン・ドール”なのよ


「Satin Doll」/Bobbi Humphrey



また、ラストにはこの時ボビーの娘の後見人になってくれたという友人スティーヴィー・ワンダーへの友情の証として、カヴァー曲「サンシャイン」も収録されている。

「You Are The Sunshine of My Life」/Bobbi Humphrey


Bobbi Humphrey『Satin Doll』
Blue Note


参考文献:waxpoetics japan 2008年 01号「良心への挑戦 フルート奏者 ボビー・ハンフリー」インタビューと、Blue Note Tokyo 2016年来日時インタビューより引用しました。

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