ミュージックソムリエ

一度は聴いておきたい魅惑のソウル・ヴォーカル① テリー・キャリアー(後編)〜イギリスのレア・グルーヴのムーヴメントに発掘されて甦った魅惑のヴォーカル

2016.11.21

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前編はこちらからどうぞ 
「テリー・キャリアー(前編)~ソウルとフォークとジャズの狭間で」


1971年から74年の間に、テリー・キャリアーはチェス・レコードのカデットからチャールズ・ステップニーのプロデュース(または共同プロデュース)による3枚のアルバムをリリースした。それらは素晴らしい出来であったにも関わらず、商業的に成功したとは言えなかった。そして1976年に突然、チャールズ・ステップニーが心臓発作により45歳の若さでこの世を去ってしまう。
チャールズ亡き後、エレクトラ・レコードに移籍して1978年と79年に2枚のアルバムをリリースするが、1980年にはそのエレクトラ・レコードとの契約も失ってしまう。そうしてしばらくはライヴ活動を中心に音楽を続けていたテリー・キャリアーだったが、1983年には愛娘を養うために、音楽業界から引退をしてコンピューター・プログラマーの定職についたのだった。

しかし1990年代に入ってから、テリー・キャリアーを取り巻く状況が変わり始めた。
音楽業界から退く少し前の1982年に、テリーは「アイ・ドント・ウォント・トゥ・シー・マイセルフ(ウィズアウト・ユー)」を、インディ・レーベルのエレクト・レコードから12インチ・シングルとしてリリースしていた。この歌がある時、英国のアシッド・ジャズ・レーベルを主宰するエディ・ピラーの耳にとまった。そして1991年には、アシッド・ジャズからのリリースが実現し、当時のレア・グルーヴ〜アシッド・ジャズのクラブ・シーンで話題となった。



そして1992年には、カデット時代の曲を集めて編集されたベスト盤『ザ・ベスト・オブ・テリー・キャリアー・オン・カデット』が、英国のチャーリー・レコードから発売され、英国でのテリー・キャリアー再評価の波が一気に盛り上がった。
1970年代のあの3枚のアルバムが、20年の時を経てようやく日の目を見たのだ。

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1993年からは毎年英国でライヴを行うようになり、1996年には、エディ・ピラーと同じくレア・グル−ヴ・ムーヴメントの中心人物ジャイルス・ピーターソンが主宰するトーキング・ラウド・レーベルと契約する。
また英国の若い世代のミュージシャンからのラヴ・コールも増え、1997年には女性シンガー・ソングライターのベス・オートンの4曲入りシングルCDの中で、アルバム『オケージョナル・レイン』のラストに収められている「リーン・オン・ミー」をデュエットしている。ベスのヴォーカルを包み込むようなふくよかなヴォーカルが心地よい。



そうして最後のアルバムから約19年ぶりの1998年。
満を持して、ニュー・アルバム『タイムピース』がトーキング・ラウドから発売された。
テリー・キャリアーこの時53歳、音楽の世界で見事な復活をとげたのだった。

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アルバムからシングル・カットされた「ラヴ・テーマ・フロム・スパルタカス」は、1960年にスタンリー・キューブリックが監督を務めた映画「スパルタカス」のテーマ曲で、そのメロディーの美しさから多くのジャズ・ミュージシャンにカヴァーされている楽曲だ。
テリーが自作の詞をつけて歌ったこのカヴァーでは、シンプルで削ぎ落とされた演奏によって、彼のヴォーカルが持つ深みが際立った、スピリチュアルなバラードに仕上がっている。



カーティス・メイフィールドの名曲「ピープル・ゲット・レディ」からメドレーで歌われる「ブラザリー・ラヴ」の流れが美しい。もはやソウルもフォークもジャズもそれらの垣根を超越したところに歌の心だけがある、それで充分なのだと感じさせられる。



他にもウェイン・ショーターの名曲「フットプリンツ」に自作の詞をつけて歌った曲なども収録されているこのアルバムのプロデュースは、最近ではノラ・ジョーンズやグレゴリー・ポーターなどを手がけているブライアン・バッカス。洗練されたジャズのアレンジに、年齢を重ねてより深みを増したテリー・キャリアーのヴォーカルが、聴く人の心に灯りを灯すようなぬくもりが感じられる。
音楽の神様は彼を見放さなかったのだ。

チャールズ・ステップニーが最も愛したヴォーカリストの一人である、テリー・キャリアー。
生前チャールズが彼に繰り返し語っていたことがある。

「巷で今どんなものが流行っているのかを意識する必要はあるが、それに従っていてはダメだ。それよりも自分自身を、自分の個性を最大限にレコードに込めるんだ。10年後、15年後にそれを聴いたときにがっかりしたくはないだろう?」


チャールズの言ったとおり10年が経った後、英国のレア・グルーヴ・ムーヴメントが、テリー・キャリアーのヴォーカルの個性を見出した。そして音楽の神様は再び彼に微笑んだのだ。
2000年代に入ってもますます活躍の場は広まり、2001年には初来日も果たしている。
その後もコンスタントにアルバムを発表しながら、ポール・ウェラーやマッシヴ・アタックなどとの共演を果たすなど精力的に音楽活動を行い、2012年10月にミュージシャンとしてその充実した生涯を終えたのだった。享年67歳。

アルバム『タイムピース』から「ラザレスという名の男」のライヴ演奏



Terry Callier『Time Peace』
Polygram Records


参考文献:アルバム『オケージョナル・レイン』『タイムピース』のライナーノーツ、waxpoetics japan 15号チャールズ・ステップニーについてのテリー・キャリアーのインタビュー

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