biography_base201612

ミュージックソムリエ

ブリットポップの心を持った[Alexandros]

2017.01.09

大瀧詠一がビーチ・ボーイズから学び、 井上陽水がビートルズから学び、山下達郎がゴスペルから学び、桑田佳祐がボブ・ディランから学んだ。そうして洋楽を学んだところから、日本のポップスは発展していった。それはただ音楽スタイルを学んだということではなく、そのアーティストの持つ心を理解した上で、日本人らしさや時代性をまとわせたからこそできたことだろう。
 2017年の現在にもそんなバンドが存在する。それが[Alexandros]である。彼らは音楽シーンの流行り廃りに流されず、ルーツであるブリットポップを軸に活動を続けてきた。

 ブリットポップは1990年代中盤に起こった音楽のムーブメントである。1980年代後半から、グランジロックなどの盛り上がりにより、ロックの中心はアメリカにあった。しかし、ビートルズ世代を親に持つ若者が奏でるイギリスの音楽に、90年代から再び注目が集まり始めたのだ。彼らは60年代イギリスの音楽に深い敬意を払いながら、80年代ポップスの要素を取り入れた音楽を作った。
 
その中心にいたのが、オアシスとブラーである。労働者階級出身で野心的な歌詞を雄大なメロディに乗せて歌うオアシス。それに対して、中流階級出身の皮肉めいている言葉と捻くれたポップなメロディを奏でたブラー。彼らの対照的で魅力的なバンドヒストリーも、多くのリスナーに支持された。彼らは時にライバルとして火花を散らしながらシーンを盛り上げた。
 彼らに続いて、多くのポップで独特なメロディセンスを持つバンドが人気を博していく。このブリットポップムーブメントによって、イギリスの音楽は再び世界の中心になった。

 [Alexandros]のヴォーカル、川上洋平がブリットポップと出会ったのは小学生の時である。彼は父親の仕事の関係で、当時はシリアに住んでいた。
 そんな彼がある日、学校の友達とのパーティー用にヒップホップのカセットテープを買いに行く。しかし、買ってきたカセットに入っていたのは、オアシスのファース・トアルバム、『Definitely Maybe』(邦題『オアシス』)だった。フィクションの物語のような出会い方で、川上洋平はオアシスと出会って魅せられ、その日から彼の全てとなったのである。

 川上洋平は14歳の時日本に帰国した後、バンド活動をスタートさせている。そして大学時代には[Champagne]を結成する。この名前はオアシスの名曲「Champagne Supernova」にちなんで付けられたものだ。
 彼らは精力的に活動するが大学の4年間ではデビューすることができず、大学卒業を目前にしてバンドを続けるか否かの岐路に立たされた。
 その時川上洋平はメンバーにこう訊いたという。

「50歳までデモテープを送り続けられるか?」

 彼はバンドで成功する夢を生涯かけて追いかけようとしていたのだ。メンバーは全員首を縦に振った。
 その日から成功を掴むため、彼らの共同生活が始まった。バンドで活動する資金を稼ぐため、正社員として就職。会社から戻ってきた午後11時から翌朝まで毎日マンションの地下室で曲作りを続し、休日には代々木公園で路上ライブをする。
 彼らはストイックに全てを音楽に捧げた。そんな音楽中心の生活は6年にも渡った。その生活を続けるにつれて、メンバーの中には自信が生まれていた。その当時の充実と自信が歌われているのが、「Forever Young」という曲だ。



 デビュー前でありながら、ブリットポップのような雄大なメロディとロックなサウンドは、すでに確立されていたのである。彼らのスタイルは音楽中心の生活によって完成された。
 そして彼らは2010年にインディーズからデビュー、全く無名の新人であったが、初めてリリースしたアルバムによって注目を集める。彼らは当時からよく、こんなことを言っていた。

「自分たちが世界一のバンドなのはわかっているのだから、それを証明するだけだ」

 ともすればビッグマウスとも揶揄されてしまうようなこの発言も、彼が敬愛するオアシスのギャラガー兄弟に倣ったものなのかもしれない。
 しかし、そこには下積み時代の血の滲むような努力から得た、確かな自信があったのだろう。その自信の通り、彼らの音楽は着実に世の中に浸透していく。川上洋平の作る楽曲は次第にラテン、エレクトロ、メタル、ヒップホップなどの新しい要素を取り入れられ幅が広がっていった。
 
 デビューから3年で国内最大級のフェスROCK IN JAPAN FESTIVAL のメインステージに立ち、翌年の2014年には武道館公演を行う。
 しかしその武道館公演の直前、彼らは大きな苦難を経験する。[Champagne]というバンド名の変更を余儀なくされたのだ。シャンパーニュ地方のワイン生産同業委員会から、「シャンパーニュ原産地名称の保護と啓蒙、広報に影響がある」として改名を要請されたためである。
 武道館を前にしてのこの大きなニュースは、多くのファンは混乱を与えた。しかし彼らはあまり動じていなかったという。川上はブログでこう語っている。

そんなにショックではなかったんだよね。そりゃこの名前と小学校の頃で会って、クソ寒い日の路上ライブから武道館まで一緒に漕ぎ着いたわけだから。思い入れがないと言えばもちろん嘘になるけど。でも結局は言ってしまえばただの名前だし、と思っている次第です。


 だからであろうか。次のバンド名はすんなり決まったという。川上が朝起きた時、ふと思い浮かんだ「アレキサンダー」という言葉と、以前のバンド名を踏襲して[ ]をつけた、[Alexandros]というのが、彼らの新しいバンド名になった。
 この名前は武道館公演のアンコールで発表され、[Alexandros]としての新曲「Droshky!」も披露した。



 この曲の力強さと荒々しさからもわかるように、彼らは再び苦境に打ち勝って、より大きなバンドになろうとしていた。[Alexandros]になってから1年後の2015年にメジャーデビューを果たすと、ファースト・アルバム『ALXD』は大ヒットを記録した。彼らは今、日本を代表するバンドにまで上り詰めた。
 そんな彼らの姿は人のほとんどいないライヴハウスから這い上がり、成功後も様々なトラブルに巻き込まれながら、国民的バンドになったオアシスと重なるように思える。[Alexandros]はロックに対する情熱までも彼らに倣い、おそらくブリットポップの「心」まで持ち合わせている。
 
 [Alexandros]のニューアルバム『EXIST!』は、彼らの集大成のようなアルバムである。下積み時代に確立した壮大なメロディも、デビュー後に取り込んだ他ジャンルのエッセンスも、そして何よりロックバンドらしい荒々しさまで、彼らの魅力がすべて詰まっている。





 このアルバムでより多くの人に[Alexandros]の歌は届いていくだろう。そして彼らは、努力に裏打ちされた自信とブリットポップの「心」を持って、世界へと羽ばたいていくのである。

(文・吉田ボブ)

スポンサーリンク

関連アーティスト

関連するコラム

    関連記事が見つかりません

[ミュージックソムリエ]の最新コラム

このコラムへの感想・コメントを書く

Pagetop ↑