ミュージックソムリエ

ゴリラズという新しいバンドの形を生み出したデーモン・アルバーンとジェイミー・ヒューレット

2017.06.12

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 アーティストの「魅せ方」というのは、楽曲と同じぐらい大切にされてきた。きらびやかな衣装で腰を振りながら歌うエルヴィス・プレスリーもそうであったし、全員スーツ姿でマッシュルームカットであったビートルズもその姿だけでインパクトを与えていた。
 そんなバンドの新しい「魅せ方」を提示したのがゴリラズである。彼らは実在しない。アニメ上のバーチャルバンドなのだ。

 ゴリラズの生みの親はイギリスのバンド、ブラーのフロントマンであるデーモン・アルバーンと、同じくイギリス人漫画家のジェイミー・ヒューレットである。彼らは同じ1968年ということもありかねてから親交が深いことでも知られていた。



 そんな彼らがゴリラズを生み出すきっかけになったのは1997年である。
 デーモンはこの時期「ブリットポップは死んだ」という発言をし、注目を集めていた。ブラーはオアシスと共に、90年代イギリスのブリットポップ・ムーブメントを牽引し続けていたバンドであるから、その衝撃は尚更であった。
 この頃はブリットポップのバンドは音楽の中心ではなかった。スパイス・ガールズやロビー・ウィリアムズなどのポップシンガーが当時の若者には支持されていたのである。
 その同時期、デーモンは長年連れ添った恋人ジャスティーン・フリッシュマンとの別れを経験した。彼は新しい音楽を模索する一方、失意の中にいたのである

 その中で転機になったのが、漫画家のジェイミー・ヒュートレットとの出会いである。ジェイミーはパンキッシュなキャラクターデザインから「漫画界のセックス・ピストルズ」と呼ばれ、世界中でカルト的な人気を誇っていた。ブラーのグレアム・コクソンも彼のファンだった。
 知人の紹介で知り合ったデーモンとジェイミーは意気投合し、ロンドンで共同生活を始める。MTVを観ることが多かったという2人は、ポップス中心の音楽シーンを変えたいという願望が芽生えてきた。
 「ポップ・ミュージックに新風を起こす」ということを合言葉に、2人はアイデアを練り始める。そこで思い立ったのが、ジェイミーの書いた漫画のキャラクターがデーモンの曲を歌うという発想だった。こうして「ゴリラズ」というバンドが誕生したのだ。



 彼らは1998年からゴリラズの活動をし始める。デーモンは今までのロックミュージックやイギリスポップスだけでなく、アメリカのヒップホップやR&Bのグルーヴを取り入れた楽曲を作り続けた。
 一方、ジェイミーは魅力的でどこかはぐれ者のようなキャラクターを生み出した。野心家でアウトローな生活を送っていたリーダーでベーシストのマードック。そのマードックに二度も車に轢かれたことにより、音楽の才能が芽生えたヴォーカリスト2D。日本から航空便によって届けられたスーパーソルジャーのギター少女ヌードル。憑依体質のドラマー、ラッセル。楽曲に負けず劣らないような魅力的なバンドを作り上げた。

 そして2年の月日を経て、2000年に初の音源『トゥモロウ・カムズ・デイ』をひっそりとリリースする。



バンドのプロフィールは非公開。公式サイトにバンドのメンバーのストーリーとそのアニメーションやヴィジュアルを載せるのみだった。
 この謎めいた活動と楽曲の良さ、そしてワクワクするようなキャラクターとストーリーが話題を呼びイギリスの音楽好きの間では有名な存在になっていった。
 口コミでの人気の高まりが頂点を達した頃、2001年にファースト・アルバム『ゴリラズ』をリリースする。退廃的な雰囲気ながらポップでグルーヴィーな楽曲が詰まったこのアルバムは700万枚もの売り上げを記録した。



 彼らのユニークなライヴも話題を呼んだ。目の前にあるのはスクリーンのみ。そこには演奏するゴリラズの4人のアニメーションが映し出され、その後ろでデーモン率いるバンドたちが演奏するというスタイルであった。



 このような「魅せ方」によってゴリラズはイギリスのみならずアメリカでもヒットを飛ばし、デーモンとジェイミーは目論見通り、ポップ・ミュージックに新風を起こした。

 デビュー以来4枚のアルバムをリリースし、その度にゴリラズの新しいメンバーによって物語は更新されていった。ファンはその物語に熱狂し、楽曲と同じように愛され続けているのだ。
 
 最新アルバム『Humanz』でも彼らは幽霊屋敷を舞台に新たな冒険を繰り広げている。



(文・吉田ボブ)




 

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