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【魅惑のソウル・ヴォーカル⑦】シリータ~スティーヴィー・ワンダーにインスピレーションを与えた可憐なヴォーカル

2017.07.03

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シリータ・ライト、またはリタ・ライトという名で、スティーヴィー・ワンダーを始め、他のモータウンのアーティストのソングライティングやバッキング・ヴォーカルとして活動し、ソロ・シンガーとしても魅力的な声を聴かせてくれるシリータ。
スティーヴィー・ワンダーの最初の妻であったことでも知られている。

シリータは初め、シンガーになることを夢見ながら、モータウンで秘書をしていた。モータウンではかつて、マーサ・リーヴスが秘書をしながら、とあるセッションでメアリー・ウェルズの代役を務めたことからチャンスを得て、シンガーとしての道を歩んだという前例ががあったからだ。

シリータもまたモータウンに在籍していたソングライティング・チームのホーランド=ドジャー=ホーランドのエディ・ホーランドに見出され、シュープリームスのデモを録音するチャンスを掴む。そして早速、1968年にモータウンからシングル・レコードをリリースし、ソロ・デビューを果たした。

同じ頃にスティーヴィー・ワンダーと出会うと、今度はソングライターとしての活動も始める。ザ・スピナーズの大ヒットで知られる「イッツ・ア・シェイム」は、スティーヴィーと彼女との共作だ。
そして、スティーヴィーが1970年に放ったヒット曲「涙をとどけて」でも、ソングライターとして彼女は名前を連ねている。
その翌年にスティーヴィーがモータウンと最初の契約が切れる前に録音した、1971年のアルバム『青春の軌跡』では、全曲がスティーヴィーとシリータの共作となっている。

スティーヴィーよりも4歳年上のシリータは、プライベートでは優れた瞑想の師であり、スティーヴィーに東洋の哲学や思想を勧めるなど、彼に多くの影響を与えた。そのように、お互いの才能と感性に惹かれあった二人だったが、結婚生活は1970~72年のたった18ヶ月間という短い間だった。あまりにも若かった二人はまだ、それぞれのキャリアを充実させていくことの方に夢中だったのだ。
当時、結婚については意外にスティーヴィーの方が保守的な考え方を持っていたようだ。その頃のつらい心境をスティーヴィーは、1972年に発売されたシングル曲「スーパーウーマン」で歌っている。

21歳のスティーヴィ・ワンダーが「心の詩」で奏でる「スーパーウーマン」

しかし、お互いの尊敬から始まった二人の関係だったから、離婚後も長く良き仕事のパートナーとしての関係が続いた。その証拠に、スティーヴィー・ワンダーは離婚後にシリータのソロ・アルバムを2枚プロデュースしている。
1974年に発売された2枚目のアルバム『スティーヴィー・ワンダー・プレゼンツ・シリータ』は、スティーヴィーによる楽曲が半分、二人の共作による楽曲が半分でできている。

シリータ『スティーヴィー・ワンダー・プレゼンツ・シリータ』
Universal


アルバムにも収録されている「コーズ・ウィヴ・エンデッド・アズ・ラヴァーズ」(「哀しみの恋人たち」)は、ジェフ・ベックがカヴァーして大ヒットしたことでも知られる楽曲だ。スティーヴィーが彼女のために書いた「恋人同士の関係が終わったからといって、友達になれないというわけではないのよ」という歌詞が、雨音をバックに歌われる。当時の二人の関係を表したような、とてもパーソナルな1曲なのだ。

Cause We’ve Ended Now As Lovers


少し甘えたような、少女っぽさが残る可憐な声が、彼女のヴォーカルの魅力だ。
エンジェル・ヴォイスとも称される、甘い中にも爽やかさの感じられる彼女の声に、スティーヴィーも惹きつけられたのかもしれない。
同アルバムの1曲目に収録されている二人の共作「アイム・ゴーイン・レフト」は、モータウン・サウンドらしいアップテンポなナンバーだ。のちにエリック・クラプトンにもカヴァーされている。

I’m Goin’ Left


このアルバムのレコーディングは、スティーヴィーの瀕死の事故で一時中断となったりした。しかし、バッキング・ヴォーカルにデニース・ウィリアムスやミニー・リパートン、デュエットにスピナーズのG.C.キャメロン、ギタリストにマイケル・センベロを迎えるなど、スティーヴィーがプロデュースするシリータの2枚目のアルバムであるにもかかわらず、タイトルを『スティーヴィー・ワンダー・プレゼンツ・シリータ』とし、また、シリータもアルバムに「Love is Unity」と書き添えるなど、二人の充実した関係と仕事ぶりがうかがえる。

アルバムも楽曲も本国アメリカではあまりヒットしなかったが、1975年の全英チャートで最高12位を記録したのが「ユア・キス・イズ・スウィート」だ。レゲエ・テイストのポップでカラフルな感じが彼女のキュートなヴォーカルにとても合っている、これも二人による共作だ。
この曲は、少女時代のビヨークがアイスランド語でカヴァーをしている。

Your Kiss is Sweet

その後シリータは、スティーヴィー・ワンダーのアルバムに参加することはあったが、G.C.キャメロンや、リオン・ウェア、ビリー・プレストンなどとアルバムを制作していく。
中でもシリータ最大のヒットとなったのは、1979年のビリー・プレストンとのデュエット曲「ウィズ・ユー・アイム・ボーン・アゲイン」だ。ビリーの包容力のある声と彼女の甘い声で歌われるアダルトなバラードが、心にじんわりと沁み入る1曲だ。この曲は全米チャート4位、全英チャート2位を記録した。

With You I’m Born Again


1980年代の後半頃から1990年代にかけて英国でのレア・グルーヴ・ムーヴメントで、シリータの1970年代のアルバムも再評価されたが、2004年7月6日にシリータは57歳でこの世を去る。
スティーヴィー・ワンダーをも魅了したシリータの甘く可憐なヴォーカルは、私たちの耳にも優しく心地よく響くのではないだろうか。


こちらもどうぞ
ありがとうスティーヴィ~新境地を拓いたジェフ・ベックの「哀しみの恋人達」

さらなる高みを目指して「Higer Ground 」~スティーヴィからレッチリへと受け継がれた歌



参考文献:スティービー・ワンダー心の愛 ジョン・スウェンソン著 米持孝秋訳 シンコーミュージック

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