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シカゴからカーティス・メイフィールドのように希望の音楽を鳴らす男~チャンス・ザ・ラッパー

2018.07.30

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2017年のグラミー新人賞の発表は、世界の音楽シーンにちょっとした衝撃を与えた。
受賞したのは当時25歳、ヒップホップ・アーティストのチャンス・ザ・ラッパーだった。
ラップやヒップホップをメインに活動するアーティストが、グラミーの主要部門に選ばれること自体がそもそも珍しいことであった。
しかしなによりも驚かれたのは、彼が発表してきたアルバムの形態で、作品は全てインターネットで無料公開されてきたことだ。

彼は「音楽を売らない」アーティストであり、史上初めて無料で配信した作品によって、グラミー賞を受賞したのである。



2012年に作品集『10 Days』を無料公開したチャンスは、独特のリズム感と声、そしてジャズやソウル、ゴスペルに影響されたトラックによって、瞬く間に注目を集める存在になった。
彼のもとにはもちろん、多数のメジャー・レーべルから契約の誘いが来た。
しかしチャンスは全てのオファーを断り、一貫して無料配信での作品発表を続けていく。
そして2016年にリリースした初のフルアルバム『Coloring Book』で、ついに全米チャートでトップ10入りし、グラミー賞まで受賞したのである。
音楽を売らない理由を, チャンスはこのように語っている。

「音楽は音楽であることですでに価値があるから、売る必要なんてないんだ」

自分の作品に自信があり、音楽を愛しているからこそ、アルバムを全て無料公開しているのだという。

チャンスの音楽の原点は、ブルースやジャズのメッカとしても知られる故郷、シカゴにある。
映画『ブルース・ブラザーズ』の舞台にもなったこの街は、今でも貧富の差が激しくて犯罪率も高く、住むには危険な地域として知られている。
そして彼の祖母はキング牧師と共に公民権運動に参加し、時代の荒波の中で生きた女性であった。

祖母が生きていた時代から彼の家族は、シカゴの行政を支援する活動を積極的に行っていた。
幼少期には教会でゴスペルを聴き、家で流れていたレコードで、ソウルやジャズを好んでいたという。
なかでも多大な影響を受けたのが、カーティス・メイフィールドであった。

「特にカーティス・メイフィールドを尊敬している。音楽を通して、彼は僕に革命について教えてくれたんだ」

インプレッションズのメンバーとして活動し、60年代に公民権運動で戦う人々たちに、優しさと力強さに溢れた楽曲で希望を与えたカーティスの音楽に、チャンスは幼い頃から胸を打たれたのだという。
「音楽は価値がある」という考えは幼い頃からの経験から生まれたもので、チャンスはカーティスと同じように、音楽を通して人々に希望を与えることを志すようになっていった。

そんな姿勢がはっきりと伝わってくる楽曲が「Angel」である。


俺はシカゴを宙返りさせた
父に市長にラッパーが街を去る
でも俺はここに残るべき理由があると思う
娘が遊べるようにストリートを綺麗にするんだ
俺は本物の男の理想像さ


幼い頃慣れ親しんだゴスペルとソウル、ジャズをトラックに取り入れ、チャンスは自分で故郷を変えていくことを宣言している。
そしてリスナーに向かって、こうも呼びかけてるのである。

天使の輪っかを付けよう それが最新のファッションさ
俺たちの周りには天使たちで溢れている


この楽曲はかつてカーティス・メイフィールドが代表曲の「People Get Ready」で、ゴスペルのコーラスをバックに「さあ バスに乗ろう」と歌って、人々に希望を与えた姿を彷彿させるものがある。



成功を収めた後もチャンスは行政や子供たちを支援し、シカゴに根ざした活動を続けながら、カーティスと同じように希望を与える音楽を生み出している。

(文・吉田ボブ)


(注)インタビューでの発言は「Chicago Tribune」からの引用です。

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