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先人たちのリスペクトから生まれた、チャイルディッシュ・ガンビーノのファンクミュージック

2019.02.11

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これがアメリカだ
騙されるなよ
見ろよ 今俺がどう暮らしているか
警察は今もイカれてる

チャイルディッシュ・ガンビーノが2018年5月にミュージックビデオとともにリリースした「This Is America」。
銃乱射事件や人種差別など、アメリカの抱える現状を切り取った歌詞とミュージックビデオは、アメリカだけでなく世界中で賞賛や議論を呼んだ。

この楽曲はマーヴィン・ゲイの「What’s Going On?」のように、ポップでありながら現代に警鐘を鳴らし、多くの人々に支持された。
そして2019年のグラミー賞では年間最優秀レコード、年間最優秀楽曲、最優秀ラップ/歌唱パフォーマンス、最優秀ミュージック・ビデオの4部門で受賞した。

そんな名曲を生み出したガンビーノの音楽活動の根底には、ブラックミュージックを作り上げた先人たちへのリスペクトがある。

チャイルディッシュ・ガンビーノ、本名ドナルド・グローバーは幼い頃からアニメや音楽、ドラマに没頭していた。
ニューヨーク大学ではドラマ・ライティングを学び、友人たちと映像作品制作を開始する。

ドナルドは脚本を書く傍ら、言葉自体の響きに興味を持ち、ラップの歌詞も書いていた。
ある日、インターネットで自動生成された「チャイルディッシュ・ガンビーノ」という名前を気に入り、その名でラッパー兼DJとして活動を始める。

しかし彼は、ラッパーとしてではなく脚本家と俳優としての才能を買われ、23歳にして映像業界に飛び込んだ。

コメディの脚本家や俳優として活動し、若手クリエイターとして注目される存在になっていく。
それでも音楽への情熱は持ち続け、29歳の時に最初の音楽作品『Camp』をリリースした。



しかし、この作品は思わぬ非難にさらされる。
「コメディアンが片手間でラップをやっている」という誤解を受け、音楽評論家やファンから不評を買ったのだ。

それでも彼は継続的にアルバムを発表し続け、いつしかそのような声は聞こえなくなっていた。
独特な声から放たれるウィットの効いた歌詞と、高い物語性が多くの人に支持されるようになったのである。
ミュージシャンとして認知されたチャイルディッシュ・ガンビーノは、新たな挑戦に出る。
自分のルーツであるファンカデリックやスライ&ザ・ファミリーストーンのような、ファンクアルバムの制作に乗り出したのだ。

彼はラップを封印し、歌と向き合った。
70年代のファンクシンガーたちのシャウトなどを参考にしながら、音楽を作り続けた。
その過程で完成した2015年のアルバム『Awake, My Love』は、ファンクを現代に甦らせた作品になる。



メロウでありながら激しいグルーヴと、演奏に合わせて表情が変わっていく彼の歌は、まさに当時のミュージシャンたちが乗り移ったような印象だ。
ジャケット写真もファンカデリックに敬意を表し、彼らの代表作『Maggot Brain』をオマージュしたものとなっている。

このアルバムは、ファンや評論家だけでなく、同じミュージシャンからも絶賛を受けた。
ザ・ルーツのクエストラブは、チャイルディッシュの作品についてインスタグラムでこのように投稿した。

「まさか(ファンクが全盛だった)1972年のデトロイトに連れて行かれたような気分になるなんて、まったく予想もしなかったよ!」

彼のブラックミュージックへの愛情が、確かに作品に込められたことを証明する最大級の賛辞であった。

そして「This Is America」も、同じようにブラックカルチャーを作り上げた人々のリスペクトから生まれたものだ。
アフリカンで現代的なビートに合わせたラップや、黒人の喜劇人、ジム・クロウのようなダンス、そしてフェラ・クティを彷彿させるような衣装から彼の想いが伺える。

2010年代、ヒップホップやR&Bのようなブラックカルチャーは世界的に全盛期を迎えた中でも、黒人社会を取り巻く環境は変わっていない––そんなチャイルディッシュの憂いは、ポップミュージックに昇華され多くの人に届けられたのである。

Childish Gambino『This Is America』
Wolf+Rothstein/RCA Records

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