「本物の音楽」が持つ“繋がり”や“物語”を毎日コラム配信

TAP the POP

ミュージックソムリエ

映画と音楽の共鳴から生まれた、新しいヒーロー像 〜ケンドリック・ラマーと『ブラック・パンサー』〜

2019.02.25

Pocket
LINEで送る

ヒーロー映画としては初めてアカデミー賞の作品部門にノミネートされた『ブラック・パンサー』。

2018年3月に公開されたこの映画は、史上初めて黒人のヒーローを主人公にした作品だ。
この映画の魅力は、ただの特殊能力を持った強いヒーローであるだけでなく、一人の人間として苦悩しながら成長していく主人公ティ・チャラの姿である。



物語の舞台は、アフリカに位置する架空の小国ワガンダ。
宇宙から落ちてきた鉱石を使い、文明が栄える前の古代から科学発展を遂げた国だ。
しかしワガンダの人々は、他の国に科学技術を悪用されることを恐れ、表向きは農耕民族として暮らしてきた。
国を治め、守るのは特殊な鉱石「ヴィブラニウム」の力によって驚異的な身体能力を手にした「ブラック・パンサー」と呼ばれる国王であった。

皇太子であった主人公ティ・チャラは父の死後、新たに王位につき「ブラック・パンサー」になる。
彼はテロや紛争、侵略で悩む他のアフリカの国々に現状を憂い、ワガンダだけが安寧を保っている状況に疑問を抱きながら、鉱石を奪う武器商人たちと戦っていた。

そんな時に、ワガンダの王族の末裔でありながら国を追われた、キルモンガーが国を訪れる。
彼はワガンダの科学技術でアフリカを抑圧する国々を征服することを主張し、ティ・チャラから王位を奪おうとする。

正義のために国を守るティ・チャラと、正義のために武力によって抑圧されている人々を解放しようと目論むキルモンガー。

キング牧師とマルコムXの関係にも似た、二つの正義の間で苦悩する姿が描かれる。

一般的な「ヒーロー映画」とは一線を画すような問いを投げかける物語に、音楽で花を添えているのがラッパーのケンドリック・ラマーである。
彼は映画に挿入歌を3曲提供するだけでなく、『ブラック・パンサー』の作品世界を表現した14曲を収録した作品『Black Panther: The Album』をリリースした。




ケンドリックは人間の中にある善意と悪意、そして強さと弱さという相反する感情を描き続けているラッパーだ。
そして『ブラック・パンサー』も同じように、相反する感情に葛藤しながら二つの正義がぶつかり合う映画であった。
彼は映画のストーリーから、普遍性と自分の歌詞との共通点を感じ取ったのだろう。
ケンドリックは依頼を快諾し、様々なミュージシャンと共に制作を始めた。

「ブラックカルチャーを象徴する音楽を作りたいと思ったのと同時に、映画のクリエイティヴ的な面も音楽で表現したかった。二人の重要なキャラクターがいるようなね。曲を聴いた時にキャラクターのパーソナリティが聞こえてくるようにしたかったんだ」

彼が試みたのは主人公ティ・チャラだけでなく、キルモンガーやその他の登場人物の内面をラップによって表現することだった。
自分自身の中にある孤独や悲しみを、登場人物を重ね合わせ歌詞を紡いでいく。

劇中歌として使用された「Pray For Me」は、ラップで世の中の不条理と戦うケンドリック自身と、迷いながらも自分の正義のために戦うティ・チャラを重ね合わせて生まれた曲だ。



世界と戦う 君と戦う 自分とも戦う
神とも戦う、だから教えて
試練はあとどれくらいだ?
痛みやハリケーンとも戦う、今日は涙を流した
涙をこらえようとしているけど、玄関は浸水し
生き地獄さ 道には血だまり


ヒーローの内面に生まれる使命感や弱さを言葉やトラックによって表現し、『ブラック・パンサー』の普遍的なメッセージを楽曲として見事に結実させたのである。

ティ・チャラはキルモンガーとの戦いの果てに一つの答えを見つける。
エンドロールに流れるのは、迷いや絶望の中から見出された希望をケンドリック・ラマーとシザが歌った楽曲「All The Stars」である。



新たなヒーロー映画のあり方を示した『ブラック・パンサー』は、それに共鳴したミュージシャンたちにも新たなクリエイティヴティをもたらした。
そしてそこから生まれたのは、迷いながらも希望を見出そうとするヒーロー像であったのだ。

(文・吉田ボブ)

Pocket
LINEで送る

あなたにおすすめ

関連するコラム

[ミュージックソムリエ]の最新コラム

SNSでも配信中

Pagetop ↑

トップページへ