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平成の時代に新しいフォークの風を吹かせたサニーデイ・サービスと『東京』

2019.03.25

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1990年代前半に渋谷を中心にして流行した日本のポップス、いわゆる渋谷系と呼ばれた音楽は、限りなく洋楽に近いテイストで洗練されていたことから、当時の流行に敏感な若者のファッションとも呼応し、お洒落な音楽として全国的にブームとなった。
サニーデイ・サービスがメジャー・デビューを果たした1994年は、そんな渋谷系ブームの真っ只中だった。

バンドのギター&ヴォーカルで、ほとんどの楽曲のソングライティングを手がける曽我部恵一は、渋谷系の中でもフリッパーズ・ギターが大好きだったという。
しかしデビューした当時、すでにフリッパーズは解散してしまっていた。

渋谷系のブームもそう長くはないだろうと感じた曽我部は、自分たちのバンドの方向性を模索しはじめる。
まだまだ周りには、フリッパーズの真似をしたようなバンドが多くいたので、それならば自分たちは真逆を行った方が面白いのではないかと考えた。

「今あえて四畳半フォークみたいなことをやったら面白いんじゃないか」ってところに行き着いた。当時は「ですます調」で歌詞を書いている人なんて誰もいなかったから。

さらに香川県出身の曽我部は、「フリッパーズ・ギターは自分のような田舎出身の若者に夢を見させてくれたが、自分自身がいざ曲を作り始めると、自分の中にフリッパーズ的な要素が全くないことに気づかされた」のだと言う。

そんな悶々とした日々の中で生まれた曲が、1995年のデビューアルバム『若者たち』に収録されている「いつもだれかに」だ。
楽曲アレンジにはまだ少し渋谷系の雰囲気が残るが、歌詞は少し内向きで、はにかんだような曽我部自身の当時の姿が感じられる。

そんなコト考えてちょっと笑う
口の端ゆがめてさ
軒下で俯いてちょっと笑う
飄々と風薫り ねむたくなる


「いつもだれかに」



お洒落でなくても、そんな自分を包み隠さずに歌えばいいと気づいたことで、一気に曲が書けるようになったと曽我部は語っている。また、この頃から「~なんだ」という語尾を意識して使うようにしていたという。

そんなサニーデイ・サービスの新しいスタイルを確立させたといえる作品が、1996年にリリースされたセカンド・アルバム『東京』だ。
このアルバムでは、「起伏のない淡々とした日常の中にも素敵なことが隠されているんだ」ということを表現したかったと語るように、「いつもだれかに」のような内向きな所から、一歩外へ踏み出した感のある内容になっている。

だれかと話したくて
ぼくは外へ出るんだ
住みたくなるような
街へ出てみるんだ


「恋におちたら」



文学や映画からインスパイアされた独特の歌詞だけでなく、サウンド面においても前作から大きな変化を遂げた。
当時ははっぴいえんどを引き合いに出されることも多かったが、その流れを正しく引き継ぎながらも、渋谷系のみならずパンク・ロックやオルタナティブ・ロックなど、様々なジャンルの音楽を聴いてきた彼らならではの個性的なサウンドを確立させている。

意図的に渋谷系の逆を行こうとしたことで、結果的に彼らは自身にフィットしたスタイルを見つけることになった。そしてそれは、平成という時代に新たなフォーク・ロックが生まれた瞬間でもあった。

アルバム『東京』は、爆発的なヒットにはならなかったものの、渋谷系の音に少し飽き始めた音楽ファンの心を掴み、一気にフォーキーなサウンドの波に乗せてしまった。そんな記念碑的なアルバムとして、今もファンの間で語り継がれる1枚だ。



「青春狂走曲」


「あじさい」



参考文献&引用元:「音楽とことば~あの人はどうやって歌詞を書いているのか~」江森丈晃・編 P-Vine BOOKS


サニーデイ・サービス 『東京』
MIDI INC.

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